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BUSINESS

「コロナ」だけが原因じゃない。アメリカの飲食店で「コンタクトレス決済」が急速に普及する3つの理由

アメリカの調査会社ジュピターリサーチによると、現在アメリカの飲食業界においてQRコードオーダリングやタブレットを使った電子メニュー、あるいはスマートフォンやパソコンのオンラインメニューとリンクした決済システムの「コンタクトレス決済」が急速に普及。2025年までに導入する飲食店の数が現在の240%に増加する見込みだという。人間のスタッフとの接触機会を可能な限り減らした「コンタクトレス決済」が、なぜアメリカで普及し始めているのか。その背景を考察する。

ミネアポリス国際空港の「コンタクトレスバー」


先日、コロナ禍明けで三年ぶりにアメリカとカナダへ出張する機会を得た。羽田からミネアポリスを経由してカナダのカルガリーへ向かったのだが、経由地のミネアポリス国際空港で5時間ほどの乗り継ぎ時間を得た。せっかくなのでアメリカの地元のビールでも飲もうと飲めそうな店を探したところ、乗継便の搭乗ゲートに隣接したカウンターバーを見つけた。

これはいいと思って早速カウンターの席に腰かけたが、眼前にメニューが見当たらない。よく見るとカウンターの上に四角いプレートが置かれていて、QRコードが印刷されている。

さらに良く見ると「このQRコードをあなたのスマートフォンで読み込んでメニューを表示させ、それで注文してください」と書かれている。その通りにするとスマートフォンにメニューが表示され、注文できる状態になった。ビールを注文すると決済画面が現れ、クレジットカードで決済した。

注文すると3分くらいでウェイトレスが冷えたビールを持ってきてくれた。なるほど、これがアメリカで今利用が拡がっているという「コンタクトレス決済」なのだと気づいた。

普及の最大の理由は「コロナ」


コンタクトレス決済が普及している理由だが、その最大のものはやはり「コロナ」であろう。コロナの世界的なパンデミックは2019年末頃より始まり、瞬く間に世界中に広がっていった。中でもアメリカでの感染状況はすさまじく、2023年7月までの累積患者数1億343万人、死亡者数112万7,152人に達する大惨事となった。

コロナを抑え込むため、ニューヨーク、シカゴ、ロサンゼルスといった大都市を中心にロックダウンが敷かれ、飲食店を含むすべての店舗が営業休止を余儀なくされた。飲食店は売上がゼロになり、廃業に追い込まれる店が続出した。

また、飲食店を利用する客の方も、飲食店で食事をしてコロナに感染するのを恐れるあまり、ロックダウン解除後も飲食店の利用を控えた。多くはテイクアウトやデリバリーの利用へシフトし、飲食店へ戻り始めた人の多くも可能な限り店のスタッフとの「接触機会」が少ない「コンタクトレス」の形態での利用を望んだ。コロナ感染を恐れる客が、防衛策としてコンタクトレス決済を望んだのは自然な流れであったと言えるだろう。

飲食店は「現金の宝庫」


次に考えられる理由は、飲食店のオーナーや経営者が、自分の店での決済方法をあえてコンタクトレス決済にシフトさせている可能性だ。

クレジットカード大国とされるアメリカだが、飲食店での支払を現金で行う人の割合は少なくない。クレジットカード決済代行のNadaPaymentsによると、アメリカの高級レストランでは客の19%が、ファストフードレストランでは客の39%が、それぞれ支払いを現金で行っているという。つまり、相応の売上がある飲食店においては、相応の現金が日銭として飲食店に毎日入ってくる。

特に大きな売上がある飲食店は「現金の宝庫」であり、犯罪の温床となる可能性がある。カリフォルニア・レストラン協会が実施した調査によると、カリフォルニア州内で営業している飲食店の95%が従業員による売上横領の被害に遭っているという。また、強盗や窃盗などの被害に遭う飲食店は枚挙に暇がない。アメリカで店内に現金を持つことは非常にリスキーで、犯罪を助長する行為であるとも言えるのだ。

実際に、従業員による不正や盗難や強盗を防ぐことを目的に現金での支払いを受け付けない「キャッシュレス飲食店」が誕生している。治安の悪さで知られるカリフォルニア州オークランドに「キャッシュレスレストラン」をオープンさせたオーナーは、「従業員に疑いの眼差しを向けたり、従業員がホールドアップ(銃による強盗)の被害を受けることがないように、あえて店をキャッシュレスにしました」とコメントしている。

コンタクトレス決済へシフトするアメリカ社会


また、アメリカ社会が全体的にコンタクトレス決済へシフトしていることも理由として挙げられる。CNBCによると、コロナのパンデミックが始まった直後の2020年時点で、アメリカ人の51%がApple Payや Tap-to-goクレジットカードなどのコンタクトレス決済を利用しているという。ポストコロナの2023年の今では、その割合がさらに増えていることは間違いないだろう。

飲食店に限らず、小売りや各種のサービスなどの支払の現場でも、人との接触機会が少なく、スピーディーな支払ができるコンタクトレス決済の利用が進んでいる。マスターカードの調査によると、調査対象者の三分の二がコロナのパンデミックが収まった後もコンタクトレス決済を使い続けると答えている。

「コンタクトレス決済難民」の問題も

アメリカ社会でコンタクトレス決済の利用が急速に広がる中、コンタクトレス決済に対応できない「コンタクトレス決済難民」の問題を指摘する声も上がっている。米連邦準備理事会がまとめたレポートによると、2021年時点でアメリカ人成人の6%が銀行口座を持っていない。2121年時点のアメリカ人成人人口は2億5,832万人なので、約1,549万人がコンタクトレス決済難民になる可能性があることになる。

「コンタクトレス決済難民」の問題は、アメリカよりもさらにコンタクトレス決済が普及しているとされるカナダでも指摘されている。カナダでは、スーパーマーケットの多くで現金による支払を受け付けない「キャッシュレス化」が進んでおり、実際に買い物ができない人が出てきているという。飲食店でも同様にキャッシュレス化が進んだ場合、飲食店を利用できなくなる人が出てくるだろう。

飲食店のキャッシュレス化は、現金による売上の割合が高いファストフードレストランでも進んでいる。ファストフードレストランのキャッシュレス化・コンタクトレス化が進む今後、この「キャッシュレス決済難民」問題が顕在化してくる可能性が高いだろう。

それでも進む飲食店の「コンタクトレス決済」


アメリカの飲食業界においては現在、特にファストフードのドライブスルー、デリバリー専門レストラン、テイクアウト専門レストランなどでコンタクトレス決済が積極的に導入されている。別の記事でアメリカの飲食業界で音声認識AIの導入が進んでいることを紹介したが、コンタクトレス決済は音声認識AIと親和性が高く、両者は今後両輪の関係を保ちながら同時に普及してゆくだろう。

コンタクトレス決済は確かに便利だが、カウンター越しに人間のスタッフとのやり取りを楽しめないのは寂しい。人とのコミュニケーションという、飲食業における重要なバリューがすっぽり抜け落ちている感じがする。いい感じに冷えたアメリカのクラフトビールを飲みながら、何となくそういう風に思った。

参照サイト

MenuTiger, Restaurant industry statistics: Facts and data you should know
https://menu.qrcode-tiger.com/blog/restaurant-industry-statistics/
NadaPayments, How High Are Your Restaurant Credit Card Processing Fees?
https://www.nadapayments.com/blog/high-restaurant-credit-card-processing-fees#:~:text=Notably%2C%20dine%2Din%20restaurants%20(,customers%20(up%20to%2039%25).
Finances Online, 56 Relevant Employee Theft Statistics: 2023 Data on Perpetrators & Prevention
https://financesonline.com/employee-theft-statistics/
KRON4, Oakland restaurant goes cashless due to crime
https://www.kron4.com/news/bay-area/oakland-restaurant-goes-cashless-due-to-crime/
Financial Holdings LLC, US Contactless Payment Statistics:https://finicalholdings.com/us-contactless-payment-statistics/
BOARD OF GOVERNORS OF THE FEDERAL RESERVE SYSTEM, Economic Well-Being of U.S. Households in 2021
https://www.federalreserve.gov/publications/files/2021-report-economic-well-being-us-households-202205.pdf
National Post, A quarter of Canadian grocery stores won’t accept cash in five years, report suggests
https://nationalpost.com/news/canada/cashless-grocery-stores

WRITING BY

前田 健二

経営コンサルタント・ライター

事業再生・アメリカ市場進出のコンサルティングを提供する一方、経済・ビジネス関連のライターとして活動している。特にアメリカのビジネス事情に詳しい。