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アメリカの飲食業界で「音声認識AI」の導入が進むワケ

アメリカの市場調査会社MDRグループが行った調査によると、現在のアメリカ人の64%が音声認識AIを使った注文システムに関心を持ち、20%が「極めて関心がある」と答えている。音声認識AIは、特にFSR(Fast Service Restaurant)と呼ばれる飲食店で導入が進み、一部の飲食店では音声認識AI以外の注文を受け付けなくなってきている。アメリカの飲食業界で音声認識AIの導入が進む現状とその背景をお伝えする。

アメリカの飲食業界で導入が進む音声認識AI

アメリカの飲食業界で音声認識AIを使った注文システムの導入が進んでいる。大手ハンバーガーチェーンのマクドナルドは昨年2022年、イリノイ州シカゴ市内の10店舗で音声認識AIを使った無人ドライブスルーの実証実験を開始した。

現地メディアの報道によると、音声認識AIの注文受付の「正解率」は80%程度と目標の95%を下回った。しかし、精度は日増しに向上しているという。なおマクドナルドのクリス・ケンプチンスキーCEOは「今後5年以内にアメリカのすべてのマクドナルド店舗に音声認識AIが導入される」とコメントしている。

マクドナルド以外にも、ハンバーガーチェーンのホワイトキャッスル、ウェンディーズ、チェッカーズ・アンド・ラリーズ、ソニックといった、FSRと呼ばれる飲食店で音声認識AIの導入が進んでいる。飲食店用音声認識AI開発のスタートアップ企業プレスト・ヴォイス(Presto Voice)によると、音声認識AIの注文受付の「正解率」が95%に達するとスループットが従来より20秒ほど短縮されることで、飲食店の音声認識AIの導入が一気に進む可能性があるとしている。

音声認識AIの仕組みと歴史

ところで、音声認識AIの仕組みはどうなっているのだろうか。音声認識AI(一般的にはヴォイスAIと呼ばれる)は、人間の話した内容を理解し、一連のタスクを実行するAIのことだ。人間の音声によるコマンドをサーバーに送り、サーバーがコマンドを実行して結果を音声でアウトプットする仕組みだ。

仕組み自体は音声認識(Speech Recognition)、自然言語処理(Natural Language Processing)、機械学習(Machine Learning)、対話型インタフェースデザイン(Conversational Interface Design)などの技術を組み合わせて実現されている。中でも機械学習は音声認識AIの中核的技術で、学習すればするほど能力が向上する。マクドナルドの音声認識AIの注文受付の「正解率」が日増しに向上していると先述したが、その理由は機械学習の学習による能力向上だ。

音声認識AIの歴史は長く、1960年代初頭にIBMがシューボックスという音声認識装置の開発に成功している。シューボックスは16の単語と数字を理解することができたという。その後多くの大学や企業で音声認識技術の開発が始まり、2011年にAppleが『Siri』をリリースすることで、いわゆる「音声アシスタント」の開発競争が本格化する。2012年にはGoogleが『Google Now』を、2013年にはマイクロソフトが『Cortana』を、2014年にはAmazonが『Alexa』を、それぞれリリースしている。

音声認識AIは、近年のAIブームを追い風に進化を続け、2010年代後半頃より各業界に特化して活用されるようになった。アメリカの飲食業界も比較的古くから音声認識AIを導入している業界で、今日では数多くのスタートアップ企業が飲食店に特化した音声認識AIを開発、提供している。

飲食業に特化した、音声認識AI開発企業が台頭

そんなスタートアップ企業の中でも、特に注目を集めているのがConverseNow(コンバースナウ)という企業だ。ConverseNowはテキサス州オースティンに拠点を置く、二人のインド人エンジニアが設立した飲食業用音声認識AI開発企業だ。

ConverseNowの音声認識AIはその性能の高さが評価されていて、同社にはこれまでにベンチャーキャピタルなどから2880万ドル(約38億8800万円)もの巨額の資金が集まっている。なお、ConverseNowに投資した人の中には、シェイクシャックの創業者ダニエル・メイヤー氏も含まれているという。

ConverseNowの音声認識AIは、これまでにドミノピザのフランチャイズ店を中心に全米1250の飲食店に導入されている。ConverseNowによると、アメリカの飲食業界の深刻な人手不足の影響などにより、同社の音声認識AIを導入する飲食店が最近急激に増えているという。

特にFSRで導入が進む理由

なお、ConverseNowの音声認識AIは、特にFSRと呼ばれる飲食店で導入が進んでいる。FSRの中でもドミノピザなどのピザデリバリー店や、ドライブスルーがあるファストフード店で導入が進んでいる。

そうしたFSRの飲食店が音声認識AIを導入する理由はシンプルで、人間のスタッフをリプレースするためだ。ConverseNowの音声認識AIのユーザーである某ピザデリバリー店は、人間の電話受注スタッフを音声認識AIに切り替えたことで、時給15ドル(約2025円)の給与コストを丸々浮かせることができたという。音声認識AIであれば1日24時間365日無休で対応が可能で、時給15ドルも支払う必要がない。

さらに、音声認識AIは個人の好みなども熟知していて、「お客様、今日はお客様の誕生日ですね。いつものお気に入りになさいますか?」といった個別対応をさせたり、「ハンバーガーとコカコーラとご一緒にオニオンリングはいかがですか?」といったアップセリングをさせたりすることも可能だ。

また、ドライブスルーのスループット向上も音声認識AI導入の理由のひとつだ。アメリカでは近年ドライブスルーの利用が進み、ドライブスルーの車列の待ち時間が前年比で平均25秒増加したという。ドライブスルーの待ち時間増加はドライブスルー利用者を忌避させ、多くの人にドライブスルーの利用を諦めさせているという。

ドライブスルーの注文受付を音声認識AIにさせることで、注文の取り間違えを防止し、スループットを向上させることが可能になる。また、音声認識AIによる受注処理は人間よりも速いので、これもスループットの改善につながる。人間のスタッフは受注処理から解放され、調理業務に集中できるようになる。

FSRの飲食店は、総じて薄利多売なビジネスを余儀なくされるケースが多いが、音声認識AIを導入することでスループットが向上し、結果的に売上と利益の増加が期待できるようになる。だからこそ、利益率が低いFSRの飲食店が積極的に音声認識AIを導入し始めているようだ。

アメリカの飲食業は今後どう変わる?

ConverseNowを含む音声認識AIは、アメリカの飲食業で今後さらに普及が進む可能性が高い。特にデリバリーとドライブスルーの売上比率が高いFSRの飲食店では、相当程度導入が進むだろう。そうした飲食店では人間の受注スタッフがいなくなり、受注業務は音声認識AIがやるのが当たり前の時代になる可能性すらある。

音声認識AIは、特に最低時給が高い州の飲食店において導入が進むだろう。例えば、ワシントン州シアトル・タコマ地区の最低時給は19.06ドル(約2573円)、カリフォルニア州マウンテンビューの最低時給は18.15ドル(約2450ドル)だが、人間の受注スタッフを雇ったとしたら、コスト的には大きな負担になるだろう(時給の日本円換算金額は1ドル135円で算出)。

一方、音声認識AIは、市場拡大と競争激化により、価格的には低弦が続いている。ConverseNowの場合、導入コストは不要で、利用料は月額固定料金だ。あるConverseNowのユーザーが「時給15ドル(約2025円)の給与コストを丸々浮かせることができた」とコメントしているように、人間に支払う給与コストを相当削減できる可能性がある。

また、現在のアメリカの飲食業界では人材不足が未だに続いているということもあり、音声認識AIを導入する飲食店は今後さらに増えるだろう。AIが人間の仕事を奪うという実例が、アメリカの飲食業界において現在進行形で進んでいることは間違いなさそうだ。

参考文献

64% of Americans Interested in Ordering Food Via Voice Assistant:Survey: https://voicebot.ai/2019/10/17/64-of-americans-interested-in-ordering-food-via-voice-assistant-survey/
https://www.restaurantdive.com/news/mcdonalds-ai-drive-thru-voice-ordering-accuracy/625923/
https://lilchirp.io/blog/voice-ai/
Voice Assistant Timeline: A Short History of the Voice Revolution:https://voicebot.ai/2017/07/14/timeline-voice-assistants-short-history-voice-revolution/
https://conversenow.ai/

WRITING BY

前田 健二

経営コンサルタント・ライター

事業再生・アメリカ市場進出のコンサルティングを提供する一方、経済・ビジネス関連のライターとして活動している。特にアメリカのビジネス事情に詳しい。