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36兆ドルの累積赤字!なぜアメリカは巨大財政赤字から抜け出せないのか?

目次
世界を震撼させた「トランプ関税」。従来では考えられなかった関税の発動により、日本にも24%の相互関税が課され、赤沢経済再生相がアメリカへ飛びトランプ大統領と会談を行う事態となった。
トランプが大統領に就任してから、アメリカではDOGEによる政府支出の削減などが矢継ぎ早に断行されてきた。その対応は、拙速すぎるとの批判を浴びながらも、なりふり構わず勧められている印象だ。
なぜアメリカは、これほどまでに対応を急ぐのか。その背景には、アメリカが抱える「巨額債務」の存在があると筆者は考えている。
36.73兆ドルに膨らんだアメリカの財政赤字
アメリカの財政赤字をリアルタイムで集計しているUS Debt Clockによると、執筆している時点(日本時間2025年4月17日11時)におけるアメリカの財政赤字の累積額は36.73兆ドル[*1] (1ドル150円で換算。以下同)で日本円で約5,509兆円。史上最悪を更新している。
しかも、こうして本記事を執筆している最中も、アメリカの財政赤字は膨らみ続けている。アメリカ市民一人当たり10万7364ドル(約1610万4600万円)を超え、対GDP比122.67%からさらに膨らんでいる。この記事が公開されて読者の目に触れる頃には、赤字額はさらに膨らんでいることだろう。
US Debt Clockは、現在のペースを維持したまま今後も財政赤字が膨張し続けた場合、2029年に累積額で46.45兆ドル(約6968兆円)、アメリカ市民一人当たり13万647ドル(約1959万円)、対GDP比139.98%になると予測している。2023年度時点で累積財政赤字が対GDP比258.2%[*2] と世界最悪レベルにある日本が偉そうに言えた口ではないが、アメリカの財政赤字は、多くの経済学者が指摘する「ポイント・オブ・ノーリターン」(引き返し不能となるポイント)へと着実に近づいているようだ。
日本も他人事ではない。財政赤字の原因とは
ところで、アメリカの財政赤字の原因は何だろうか。赤字の原因はシンプルに「支出が収入を上回る状態での国家運営」が恒常化したことだ。入ってくるお金よりも出てゆく金の方が多く、足りない分を借金で賄う状態を長期に渡って続け、借金が雪だるま式に増えたということだ。「支出超過の赤字予算」が組まれる傾向にあるのは、日本を含めた先進民主主義国家に共通して見られる現象だ。
では、アメリカ政府は年間予算でどの程度の借金をしているのだろうか。アメリカ連邦議会予算委員会がまとめた資料によると、2024年度のアメリカ連邦予算は、総収入4.9兆ドル(約735兆円)、総支出6.8兆ドル(約1020兆円)で、1.8兆ドル(約270兆円)の赤字となっている[*3]。 赤字は国債などの借金で賄われているが、1年間でアメリカのGDPの6%に相当する金額が、毎年新たな借金として積み上がっている。
支出の大部分は「聖域」になっている
では、アメリカ連邦予算における支出の内訳はどうなっているのだろうか[*4]。上述のアメリカ連邦議会予算委員会の資料によると、支出のうちもっとも多いのが社会保障費で、1.5兆ドル(約225兆円、総支出の22%、以下同じ)となっている。社会保障費は公的年金、障がい者年金、遺族年金などで構成され、6700万人のアメリカ市民に対して支給されている。
社会保障費と並んで大きいのが高齢者用公的医療保険のメディケアと低所得者用公的医療保険のメディケイドで、それぞれ8650億ドル(約129兆7500億円、12.7%)、6180億ドル(約92兆7000億円、9.08%)となっている。両者合わせて1.48兆ドル(約222兆円、21.76%)もの巨額のお金が毎年恒常的に支出されている。
防衛費も大きなウェイトを占めている。防衛費は8500億ドル(約127兆5000億円)で、総支出に占める割合12.5%となっている。また、見逃せないのが国債の利払い費用で、その額8810億ドル(約132兆1500億円)、総支出に占める割合12.95%となっている。アメリカの年間防衛費はダントツで世界一だが、その額を上回る額の利息を、アメリカ政府は毎年支払い続けている。
社会保障費、メディケア・メディケイドなどの公的医療保険、防衛費、国債利払い費を合わせると4.71兆ドル、総支出に占める割合69.2%となる。いずれもコストカットが難しく、特に社会保障費や公的医療保険などはほとんど「聖域」扱いで、コストカットのコの字すら声に出せない、ほとんど「タブー」とされている領域だ。日本でも最近、高額療養費制度の自己負担額の見直しが議論されたが、利用者の猛反発を受けて撤回されたことは記憶に新しい。アメリカの社会保障費および公的医療保険は、日本のそれと同程度か、あるいはさらに手が出せない「触れてはいけない領域」扱いになっている。
トランプ政権の赤字対策は身を結ぶのか
今や巨大なベへモス[*5] と化したアメリカの財政赤字の問題に、トランプ政権は一体どのように対応してゆくつもりなのだろうか。DOGE(アメリカ政府効率化省)の創設、および実業家イーロン・マスク氏の事実上のDOGEトップへの選任に見る通り、トランプ大統領はアメリカ連邦予算を「バランス」させることに前向きであることはわかる。一方で、トランプ氏は個人所得税や法人税などの減税にも前向きであることで知られ、トランプ氏が連邦予算を本当に「バランス」させられるかについては、識者の間でも見方が分かれている。
例えば、トランプ大統領およびDOGEは、連邦予算削減の一環としてアメリカ教育省の撤廃を目指しているが、アメリカ商務省によると、教育省の総予算の連邦予算支出に占める割合は3%程度で、仮に教育省に関わるすべての人員を解雇して機能を廃止したとしても、赤字削減効果は焼け石に水になる可能性が高いという[*6]。とどのつまり、総支出の70%弱を占める社会保障費、公的医療保険、防衛費、国債利払い費といった大口の支出項目に手を付けない限り、赤字を大幅に削減することは現実的に不可能なのだ。
トランプ大統領およびDOGEは、これまでに軽いジャブを打つように一部のメディケア・メディケイドのプログラムに「試験的変更」を加え、関係者の反応などを見ている。しかし、やはりと言うか当然と言うべきか、関係者の反発は激しく、聖域におけるコスト削減がいかに難しいかを改めて思い知らせる結果となっている。
筆者は、トランプ政権による連邦予算バランス化は実現せず、歴代政権と同様に「次の政権・次世代へ先送り」をする結果になると予想する。トランプ氏率いる米共和党は、伝統的に「小さな政府」を志向してきているが、トランプ氏がいくら政府を小さくしたとしても、70%弱もの支出を占める「聖域」が残され続けている状態では、赤字削減など夢のまた夢であろう。
日本も無傷ではすまない
膨張を続けるアメリカの財政赤字は、まもなく「ポイント・オブ・ノーリターン」に到達し、人類がいまだかつて見たことがない状況を迎えることになると予想される。それが具体的にどのようなものになるかについては意見が分かれているが、筆者は、累積財政赤字が「限界」を迎えたアメリカ政府は、債務の償還の条件変更を一方的に宣言するといった類の「事実上のデフォルト」を宣言し、それにより破綻の幕が開けられると予想する。そして株式市場、金融市場、為替市場が揃って暴落する「トリプル市場崩壊」が同時に発生し、行政サービスが停止するなど市民生活が壮大なカオスに見舞われることになるだろう。
アメリカ経済の崩壊は、すなわちドル本位制を前提とした世界経済の崩壊を、ひいてはアメリカ経済に多くを依存している日本経済への波及も意味する。昨年2024年度の日本のアメリカに対する輸出総額は21兆2947億円で、国別では最も多い[*7]。 その大口の顧客であるアメリカが経済的に破綻すれば、売主たる日本にも相応の影響があることは想像に難くない。
現在、日本政府はトランプ政権が課した24%の相互関税の取り扱いにつきアメリカ側と協議を進めている。トランプ大統領の相互関税の発動は、我が国に相応の衝撃とダメージを与え、今後の見通しをまったく不透明にさせた。アメリカの経済崩壊という「その日」の到来は、想像不可能なほどのダメージを日本に与える可能性がある。日本は、いつかくるであろう「その日」に、今から十分に備えておく必要があるのは言うまでもない。
参考文献
[*1]https://www.usdebtclock.org/
[*2]https://www.murc.jp/library/report/seiken_240603/
[*3]https://www.cbo.gov/publication/61181
[*4]同上
[*5]ベへモス(Behemoth)は、旧約聖書「ヨブ記」に登場する巨大怪獣。巨大で強力であるがゆえに倒すことができないモンスターとして描かれている。
[*6]https://www.nbcnews.com/politics/doge/doge-trumps-agenda-calls-adding-trillions-dollars-us-debt-rcna191665
[*7]https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250403/k10014768241000.html

前田 健二
経営コンサルタント・ライター
事業再生・アメリカ市場進出のコンサルティングを提供する一方、経済・ビジネス関連のライターとして活動している。特にアメリカのビジネス事情に詳しい。