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SCIENCE

まだ見ぬ古代の神秘を探る。化石研究にまで広がるAIの活用

まだ見ぬ古代の神秘を探る。化石研究にまで広がるAIの活用

AIは、今や人々の生活やビジネスに浸透し始めている。それは研究においても同様で、様々な分野でAIが有効活用されている(註1)。人が行うには難しい作業や、大人数や多くの時間をかけてしなければならない作業をAIに肩代わりさせることで、作業の生産性の向上を図ることができる。

最近では、化石の研究にもAIが使われていることをご存じだろうか。化石種の識別や(註2)、岩石の中から効率的に化石を取り出すのに用いられており(註3)、既にその用途は多岐に渡る。中でも今回は、資源探鉱や災害への対策等に係る化石の鑑別にAIが用いられている例を紹介する。

国立研究開発法人産業技術総合研究所地質調査総合センター(以下産総研)地質情報研究部門海洋地質研究グループ、日本電気株式会社、株式会社マイクロサポート、三谷商事株式会社の共同開発グループが、微化石の鑑別を行うAIシステムを開発した(註4、 5、 6)。

微化石という存在とその重要性

微化石とは、顕微鏡を用いてやっと見えるミリサイズやミクロサイズの化石のことを言う(註5, 6)。微化石の種類を鑑定できると、地層が形成された時代や当時の環境を知ることができる。例えば、微化石種の中には短い期間で地球上に広く分布していた種がいる。その種が多く見つかる地層は、その“短い期間”に形成された地層であることがわかる。

また、ある特定の限られた環境にしか生息しない種類も知られている。このような微化石が多く見つかる地層は、その生物が生きていた環境だった可能性が高い。さらに、微化石の微量元素組成や同位体比組成を測定することで、地層の形成年代や環境をより詳細に調べることもできる。このように、微化石は過去の地球の様子を知るための絶好のツールであるといえる。

過去の地球の様子が分かると、かつて地球上にいた生物の遺骸が変質してできる化石燃料の探鉱や、地震、火山による災害、地滑り等の地質災害への防災に役に立つ場合がある。これらには、かつての地球上の環境や、特定の種類の地層分布、その他地層に残る様々な記録が重要な情報になりうるためだ。微化石とは、それだけ我々の生活と強いかかわりのある化石であるといえる。

微化石を効率的に分析するために

一方、これらを分析するためにはある特定の微化石種を一定量集める必要がある。微化石は泥砂礫をもとに形成された岩石中に含まれているため、岩石を粉砕・分解し、顕微鏡で細かくなった破片の中から目的の微化石種を探さなければならない。

また微化石種を鑑別するには、たくさんある微化石種の形の特徴がすべて頭に入っていなければならない。そのため、従来では微化石の専門技術者が上記の工程を手作業で長時間かけて行ってきた。さらに分析方法次第では、顕微鏡下で微化石を一つずつ拾い上げて分析機器の試料台に整列させなければならず、相当な時間と労力がかかってきた。

そこで、研究グループはこの微化石の発見、鑑定、取得をするためのシステムを開発した。この研究は、手法を3つのユニットに分けている。任意の微化石を画像から判別し、その画像データからAIに種を鑑定させ、撮影した微化石を取得する。

化石鑑定のための教師データを構築するために、南極海と日本海の海底から採取され産総研に保管されている、微化石を多く含む堆積物が用いられた。まず、細かな岩片と微化石等が入り混じった粒子を試料台に散布する。CCD顕微鏡カメラにより、粒子の中から微化石を自動検出して画像を取得し、その位置を精密に記録する。このとき取得された画像をもとに、教師データが構築された。

検出した微化石はほとんどが放散虫と呼ばれる生物であり、研究チームはこの生物をAIの学習対象とした。放散虫とは、複雑かつ繊細なガラス質の骨格を持つ生物である。この生物は、その骨格の概形、とげの数や形、骨格に空いた穴の形やその数等に基づいて種類が決まる。

AIは、これらの特徴を適切に検出する必要がある。また、これは生物一般に言えることだが、系統的に近しい場合や、似たような環境に適応した結果、別種にも関わらず非常に似通った形状である場合がある。AIには、どのようなアルゴリズムで学習させるべきだろうか。

この問題に対して研究グループは、畳み込みニューラルネットワーク(Convolutional Neural Network; CNN)を搭載したディープラーニングのソフトウェアを採用している。CNNは、人間の視覚をモデルに考案されており、主に画像認識で用いられるディープラーニングの手法である(文献7)。画像内のどこに対象があっても、その形状の特徴を見出すため、画像の判別によく用いられる。このソフトウェアをもとに、顕微鏡カメラで撮影された30000枚以上の画像データから判別モデルが構築された。

この判別モデルを用いて、日本海や太平洋の特定の箇所から採取された堆積物から、対象となる放散虫化石を抽出できるかどうかの検証が行われた。正答率が十分に上がるまでモデルのテストと再構築を繰り返した結果、形が非常に似ている別種の放散虫を、90%以上の正答率で自動鑑定することができた。

今回開発されたシステムは、単一種の微化石1000個体の鑑定・分取をなんと3時間程度で行うことができる。従来までは同様の作業を数日かけて行っていたらしく(註5, 6)、大きな時間短縮を可能にしている。また、これまでの人による分取では難しいとされていた、100マイクロメートル未満の微化石の分取も可能である。

AIの活用で見える、課題解決への新たな道筋

現在、日本は化石燃料への依存度が高く(註8)、その資源探鉱が今後もより重要になってくることが予想される。さらに、日本はその地質的特徴から地質災害が起こりやすいため(註9)、その防災方法を模索し続けなければならない。

一方で、微化石を扱える専門技術者は日本に多くなく、企業によっては資源炭鉱のために多額のお金を使って海外に化石鑑定を外注しているのが現状である(註10)。本研究で開発されたシステムは、そのような状況を打破するための基盤を形成する研究を、より効率よく行うための強力なツールとなりうるのか。今後の研究開発が期待される。

参考文献

[1] 『AI研究にはどのような分野がある?活用事例や課題を徹底解説』2021年2月11日掲載,TRYETING公式サイト.URL: https://www.tryeting.jp/column/1288/
[2] Liu, X., Jiang, S., Wu, R. et al. (2023) Automatic taxonomic identification based on the Fossil Image Dataset (>415,000 images) and deep convolutional neural networks. Paleobiology, 49, 1–22. URL: https://tinyurl. com/2pb8jc7y
[3] 『AIを使った化石採掘の技術開発に挑む。福井県立大学の今井先生の講座に参加してみた!』2022年7月7日掲載,ほとんど0円大学.URL: http://hotozero.com/ enjoyment/learning-report/fukuipu_kaseki/
[4] Itaki, T., Taira, Y., Kuwamori, N. et al. (2020) Automated collection of single species of microfossils using a deep learning–micromanipulator system. Prog Earth Planet Sci 7, 19. URL: https://doi.org/10.1186/s40645-020-00332-4
[5] 『AI(人工知能)を活用した微化石の正確な鑑定・分取技術を確立』2018年12月3日掲載,国立研究開発法人産業技術総合研究所.URL: https://www.aist.go.jp/aist_j/ press_release/pr2018/pr20181203/pr20181203.html
[6] 『AI(人工知能)を活用した微化石の自動鑑定・分取技術』2021年4月13日掲載,国立研究開発法人産業技術総合研究所地質調査総合センター.URL: https://www.gsj. jp/information/overview/ai-micropaleontology.html
[7] 『畳み込みニューラルネットワークの基礎を理解する』2021年6月7日掲載,株式会社リーディング・エッジ社旧・研究開発部ブログ.URL: https://leadinge.co.jp/rd/ 2021/06/07/863/
[8] 『2021−日本が抱えているエネルギー問題(前編)』2022年8月12日掲載,経済産業省資源エネルギー庁.URL: https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/ energyissue2021_1.html
[9] 『日本列島の地質と地質環境』地質関連情報WEB.URL: https://www.zenchiren.or.jp/ tikei/saigai.html
[10] 『AIは専門家にしかできない鑑定を自動化できるのか?』2020年2月3日掲載,富士通株式会社公式サイト.URL: https://www.fujitsu.com/jp/solutions/business-technology/smart-digitalwork/ai-service/article/2020-02-03/

WRITING BY

Akeda., T.

ライター

修士(理学)。博士後期課程として、脊椎動物の羽ばたき運動に関する研究に従事。地学分野学芸員の勤務経験あり。ドライブ、カラオケ、化石採集が趣味です。

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