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AIが世紀の名画を描く未来は訪れるのか?

AIが“描いた“4900万円の絵画

2018年10月、世界で初めて、AIによる絵画「Edmond de Belemy (エドモンド・ベラミーの肖像)」がクリスティーズによるオークションに出品され、約4900万円で落札された。
輪郭がぼやけたような中世風の紳士の肖像は誰でもない。作者のバックグラウンドが筆致や作品の傾向から推測できない印象を受け、どこか不気味さも漂うが、とてもAIが自動生成したようにも見えない。

この絵画は当時高校生だったロバート・バラットが公開したコードを使用し、Obviousというフランスのアーティストと研究者のグループが作成した。
アルゴリズムの一種「敵対的生成ネットワーク(GAN)」を使用し、生成ネットワークと識別ネットワークの二つから構成される。AIに14世紀から20世紀までの肖像画1万5000点のデータを学習させ生成ネットワークが絵画を制作し、識別ネットワークが生成ネットワークの絵画と人間が描いた絵画との差異を見分けるというプロセスを繰り返す。極限に差異無しと判断されるまで修正を続けたものが今作だ。
予想以上の高額落札に美術市場の大きな注目を集め、またAIが生成した作品の著作権はバラットかObviousかはたまた誰に帰属するのか、という新しい論争を生んだ。

他にも、デジタルアーティスト、マリオ・クリンゲマンが発表した、世界初のAIを使用したインスタレーションもクリスティーズに出品され話題になった。これはAIが継続的に男女のポートレートを生成し続け、その様子を鑑賞するという興味深い作品である。
日本でも、第25回岡本太郎賞に入選したアーティストとエンジニアのユニットGengo RawがPix2Pixという画像変換アリゴリズムを使用した、漢字の発生プロセスをAIが再現するインスタレーションを発表するなど、今美術界ではAIを使用した作品が作られるようになっている。
 

テクノロジーとアートの変遷


メディアアートの起源を遡ると、回転する円盤を覗くと中の絵が動いて見えるゾエトロープといった娯楽的な技術の発展にまで辿り着く。そこから1919年のトーマス・ウィルフレッドの幻想的な光を使った美しいアート作品「Lumia」、1960年代のナム・ジュン・パイクを代表とするビデオアート、様々な領域のアーティストやエンジニアが集ったE.A.Tやフルクサスのマルチメディアアート、ジェフリー・ショウによるVRシステムを取り入れた1989年の体感型作品「レジブルシティ」など、テクノロジーの目まぐるしい発展と前衛アートは密接に関わってきた。
80年代から90年代にはコンピューターが一般化を果たし、メディアアートの更なる進化へ貢献した。
日本では50年代「実験工房」というアーティストグループが、領域横断的に最新のテクノロジーを取り込むことに挑戦し、70年代の大阪万博を経て、アメリカを拠点とした「ヴィデオ彫刻」の久保田成子の登場など、ビデオアートがシーンに広まった。また91年に電話回線を通した作品鑑賞体験を提示したNTTインターコミュニケーションセンター(略ICC)の始動も日本のメディアアート界に大きな影響を与えた。プロジェクションマッピングの新しい地平を開いた「ライゾマティクス」の活躍も目覚ましい。

テキストを打つだけで秒速で仕上がる”絵画”


カナダのスタートアップWomboが立ち上げた「Dream」というビジュアルリミックスアプリが注目を集めている。
AIを使い、テキスト入力された言葉に基づいてオリジナルの「アート」を生成する。強力なハードウェアによって、ビジュアル生成までの速度は数十秒と加速。待っている間も生成過程が確認でき、これがまた非常に面白い。まるで本当にキャンバスに筆で肉付けがされるような、しかし試行錯誤もあるようなやや迷いのある生成が、人間離れしたスピードで行われていく。
筆者は“聖母マリア”というテキストを“ダリ風”という選択で生成してみた。どこかに飾られていたらちょっと目を止めるような、非常に斬新な図像に仕上がった(もちろん心惹かれない生成結果もあった)。どこかで見たような既視感や、誰も絵の表象の意味を説明できないという不気味さや無機質さも感じる。ただ、間違いなく面白い。
こんなものが生み出され得るとすれば、いつかAIは人間を感動させる名画を描くようになるのだろうか。

人間の芸術の真髄


画家の友人と、即興的かつ詩的な作品を数多く残したサイ・トゥオンブリーについて話していた時に、友人はトゥオンブリーのドローイングに衝撃を受けて、同じようにドローイングを書きまくったと言う。しかし、素人目には落書きにも見えるようなトゥオンブリーのドローイングは、実は再現することが難しい。蠢く線やペンキやクレヨンの躍動は、トゥオンブリーの圧倒的美的感覚と経験、全ての感覚刺激の重層的な高まりの上に成り立っている。黒板に線が引かれたような“ブラックボード”ペインティングも、線を成すクレヨンが陥没するように強く描かれて、キャンバスの表層の手触りすらが作品を形成している。
きっとAIにはトゥオンブリーの過去作を学習したトゥオンブリー風の画像は作り出せるが、トゥオンブリーの見て感じたものを再現することはできない。画家自身のバックグラウンドの深みや歴史・文化的コンテクストが表現されることもない。
最近ではレンブラントの作品を学習したAIが“レンブラント風肖像画“を3Dプリンターで生成し表面の筆致まで再現していることが話題だが、それもあくまでレンブラントの風の何かであって、”レンブラントが・ある時代に・このような意図で描いた”という絵画史的コンテクストが無ければ、ただの“空虚な贋作”のようになってしまう。

AIがもたらす美術史の新しいナラティブ


ではAIの新しい活用方法とは、どんな形態だろう。
アーティストが作品にAIを取り込むことに加え、美術館の従来のキュレーションとは一線を画した「新しいナラティブ」を、AIを利用して見出すという役割も期待されている。美術館は総じて、権威的な特権階級の人々が好んだ作風の陳列場となっており、ここにAIを投入することによるこれまでの美術史からは見過ごされた作家の発掘や、従来のキュレーションに囚われない新しいテーマでの作品展示という変化が期待されているという。
2019年に開催されたMet × MIT × Microsoft hackathonでは、ゲストが語る「物語」の音声データをAIに認識させ、メトロポリタン美術館の約40万点の収蔵品データセットからその物語にあわせて作品を抽出させるという”Storyteller”というアイディアも生まれている。これまでの展覧会とは全く異なる文脈で新しい作品と向き合う、刺激的なキュレーションである。
画像認識の活用法としては、贋作の検出という美術界にとって非常に重要な課題がある。現在は専門家だけの判断で真贋が決まるが、人間のバイアスやミスを無くした条件で画像解析だけができることは判定精度に非常に有効である。また美術館の運営という観点で、AIを顧客のニーズや集客などの解析に応用することもできる。

芸術は鑑賞者が人間である為に、作品の背景にあるナラティブを読み取ることで価値が高まる。故に、AIが生成したコンセプトレスな画像では、人間を感動させることはまだできないだろう。
もちろん、人間が意図的にAIを用いてコンセプチュアルな作品を作るという面白さには無限の可能性がある。もしくはAIたち自身がAIによる芸術を鑑賞する未来がくれば、それはまた別の話。果たしてその未来の芸術は、どんな姿形をしているのだろうか。

参考文献

白井 雅人 編 他 「メディアアートの教科書 」フィルムアート社、2008年
馬定延「日本メディアアート史」アルテスパブリッシング、2014年
Oliver Grau (2007). (Ed.) 「MediaArtHistories」 Cambridge, Massachusetts: The MIT Press/Leonardo Books.
Grau, Oliver (2003). 「Virtual Art. From Illusion to Immersion」Cambridg/Mass. MIT Press.
日本における「アートとテクノロジー」の現在・過去・未来形  畠中実
https://www.wochikochi.jp/special/2016/06/art-technology.php
AIはアートの未来を変えるのか? 「アート+テックサミット」で語られたこと  美術手帖
https://bijutsutecho.com/magazine/insight/20093
AIが“描いた”作品、約4800万円で落札。予想落札価格の43倍  美術手帖
https://bijutsutecho.com/magazine/news/market/18719
すべての「顔」が唯一無二。AIを使った作品がサザビーズに初登場 美術手帖
https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/19318
新しい漢字を作る 新倉 健人
https://note.com/kentoniikura/n/n498fead04742
日本における「アート&テクノロジー」の変遷 畠中実
https://www.jpf.go.jp/j/publish/others/pdf/report_artandtechnology_jp.pdf
人工知能が描いた「レンブラントの新作」 WIRED
https://wired.jp/2016/04/14/new-rembrandt-painting/

WRITING BY

伊藤 甘露

ライター

人間、哲学、宗教、文化人類学、芸術、自然科学を探索する者