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日本という「情報ガラパゴス社会」に生きる

 

フィルターバブルに生きていること、気づいている?


多くの日本人は、情報が個人に合わせてカスタマイズされていることを知らないという。

YouTube、X(元Twitter)、Facebook、Instagram、Amazonなど、身近なサイトでは「最適化」が働き、自分に近い投稿やニュースや広告が表示され続けている。総務省の2023年版情報通信白書では、こうした情報の偏りが行われていることを知っていると答えた日本人の割合が38%にとどまり、中国を大幅に下回った。

こうした現象は「フィルターバブル」と呼ばれ、よく取り沙汰されている。ある意見の投稿をひとつ覗くと、似たような意見の集まる投稿や一方的な視点のみで書かれたニュースが次々に現れる。ひとつ商品を検索すればそれに似たものの広告がSNSを横断して表示されることもある。促されるままあなたはその広告のリンクを踏み、つい予期していなかった買い物をする。

「見たいものしか見えなくなる世界」に私たちはいつの間にか生きている。それが正しい情報かどうか、正確に判断することは非常に難しい。こうした自分だけに閉じられた情報の海を、「情報環世界」という。

そのニュースが本当か、今はもうわからない


日本では”ファクトチェック”という概念の認識も進んでいない。

2019年、激しさを増した香港の学生デモに関するミスインフォメーションが、中国語のメディア間で転載されたり、Facebookのポストを通じて拡散されたりした。それは中国語という共通言語を通じてアジア圏に瞬く間に広がり、誤情報にもかかわらず政府や大使館が公式SNSなどでシェアするなどし加速。大変な騒動を巻き起こした。

これらの問題を受け、ファクトチェックは急速に発展し、今や世界中で、ニュースやバイラルしたトピックに対するファクトチェックは一般的になりつつある。

しかし日本では未だ周知も進まず、ファクトチェックを行っている機関も数少ない。フェイクニュースかどうかの確認法を知る人の割合は日本人の2割に留まるといい、時にネット掲示板など小さなコミュニティで、誤った情報が反芻されているのを見る事もある。

反対に、最適化やエコーチェンバー、フェイクインフォメーションに最も敏感なのは、IT大国であるアメリカだ。アメリカは現在、超情報分断社会であるといえる。

オバマ大統領選時からSNSの情報戦の影響の大きさは認識され始めたが、ドナルド・トランプの台頭によってその影響は更に強まり、彼は大衆を情報によって扇動し社会を真っ二つに分断してしまった。トランプの流す陰謀論を信じた支持者はFacebookのコミュニティグループなど小さな場所で同調し合い、意見が偏ったまま大きくなり、バイデン大統領の就任を陰謀だと信じる人々が続出した。

そして彼らが議会襲撃事件を起こすという、民主主義の根幹を揺るがす悲劇に至り、皮肉にも最適化とエコーチェンバー現象が広く国民に周知されることとなった。

ガラパゴスというヘヴン


情報環世界は“日本全体”という閉鎖空間でも起きている。

地球環境危機の対策として代替肉がトレンドになっているが、日本と欧米ではその受け止められ方は全く異なっている。欧米で大豆ミートなど代替肉は深刻な危機に対するソリューションであると周知されているが、日本の消費者には「健康的、おしゃれな」と言った売り文句が並ぶ。環境危機を訴えたところで日本では全くフックせず、世界的な消費ニーズからはかけ離れた独特の環世界がある。欧米のマーケティング担当の困惑は想像に難く無い。

以前から指摘されているように、産業や科学技術のガラパゴス化も日本という環世界で進んでいる。

日本人の理系人材の海外進出の割合は、全世界的に低い水準にある。科学者は国を出ないし、外国籍科学者は入ってこないしとどまらない。

もともと明治時代に多くの先達が欧米に渡り研鑽を積んだように、優秀な人々が母国で十分な研究環境を得られるとは限らず、多くが各国の研究ポジションを移動している。故にカナダやアメリカのように外国人に寛容な国の科学技術が発展してゆくのは、ある種仕方の無いことかもしれない。

日本人自身はこの国の情報が孤立しているなどとは露にも思っていないし、むしろ日本人が日本人のために用意した理路整然としたインフォメーションの中に暮らすことに、快適さすら見出していると思える。

地形と言語


なぜ日本は情報環世界を生みやすいのか。様々な可能性が考えられる。

まず1番に、地形は大きな要因であると言えるだろう。四方を海に囲まれた島国であり、それゆえに言語の独自性が育まれてきた。

日本語を母語とする人の数は約1億2,500万人で、これは日本の人口とほぼ同じ数である。日本語を第二言語や外国語として使っている人の数は約1,000万人で、英語を第二外国語などとする11億人に比べるとその少なさは際立つ。

情報は英語など外国語から、翻訳などの過程を経て、取捨選択されたのちに日本へ到着する。そうすれば必然的に、日本人が興味を持つトピックやある視点からの情報のみが辿り着くということも多くなってくるだろう。言語の閉鎖性は、日本の理系研究者の多くが英語での研究に躓きを覚えているというニュースにも現れている。

また日本に特徴的な文化で、「同調圧力」というものがある。例えば駅のエスカレーターは基本的に歩行禁止となっているが、皆が右側や左側を空けるので、何故かそれに従わなければならないようなプレッシャーを感じ、後続する皆が一列空け続ける。

作家の佐藤優氏は、テレビの“ワイプ”が同調圧力を象徴的に表していると指摘している。ワイプとは出演者の顔のリアクションが画面端に抜き出される演出である。出演者はどんなトピックに対しても、驚いたり感心したり悲しんだりを、いつも全会一致の表情でこなしていく。

ニュースなどにたいする意見は違って当然だと思うが、ここではそれは許されない。視聴者は人の感情までも、ワイプを通して他者と同じであることを確認し安心している。何とも不可思議な文化である。


元トップアスリートであり戦略策定研究などの活動でも著名な為末大氏は、自身の思索を綴る「thinking in the past.」の中で、同調圧力についてこう述べている。

「”誰もがそうだと信じられる真実の中心があり、幾つかの障害はあっても努力していけばそこに辿り着けるはずだ”という前提があると思う。私はこれが同調圧力の正体だと考える。偏向報道という言葉があるのも、嘘を言っているマスメディアという批判もあるのも、誰もが納得出来る真実は努力すれば見つかるはずだという前提がある。 〜中略〜 同調圧力の奥にはいつかはわかりあえるという世界観があるが、私たちはまさに違う世界を生きていて、決してわかりあえないと私は考える。だからこそ見方による偏りをなるべく多様にし、その中でそれぞれが自分なりの考えを持っていくべきで、部分的合意さえすればそれでいいと思っている」

言葉というディフェンスウォール


しかしながら、言語的に孤立しているからこそ、コロナの世界的デマが日本に到達しなかった側面もある。

2020年4月、Googleなどがアジア太平洋地域の7カ国それぞれ約500人に新型コロナウィルスとメディアに関しての調査を行った際、新型コロナに関する基本的な知識のテストでは日本は1番高い正解率を誇った。多くの人々が政府が周知しようとした公衆衛生情報を冷静に受け取り、陰謀論的トピックに惑わされず、正しい方法を実行できたということになる。

言語というバリアが働き、ミスインフォメーションが国境を越えてこないことこそ、ファクトチェックが広がらない理由でもあるだろう。

しかし、小さな言語社会で正しいと思われる情報をうまく伝達できるメリットもあるが、もしそれが国家的誤情報だったとしたら大変な危機にもなり得ることは、私たち日本人が1番よく知っている。そしてミスインフォメーションがいつ、翻訳手法やソフトウェアの発展によって国境を容易に突破してくるかは、誰にも分からない。それはもしかしたら近い未来かもしれず、我々は備えなければならない。

縁起の中で、私たちは暮らしていく


正しい情報を常に取捨選択して日々を生きるためには、あなたが見ているものが時に他者には違う視点で見られていると知ることが非常に重要である。まずは、そこに情報環世界があることを知ろう。テレビ番組やニュースやSNS、様々な情報を自分で選び受け取っている時点で、そこには既にあなたというバイアスがかかっている。

情報学研究者のドミニク・チェンは、私たちという存在についてこう述べている。

「改めて考えてみれば、フィルターバブルというものは、別にネットが改めてあるから出てきたものではなくて、僕らの身体や言語、文化といった自分自身の社会的出自そのもののある種のフィルターバブルを形成する要因であると言えるのではないでしょうか。だから、ただ単にそれを否定するのではなく、環世界のひとつの構造として認めたうえで、それらを相互に繋げる方法がないかを考えてみたいのです」


チェンは著書『情報環世界』の中で、神経生理学者でチベット仏教徒であるフランシスコ・ヴァレラが英訳した仏教用語、「縁起」を紹介している。

ヴァレラは縁起を「co-dependent arising 」と記した。日本語では「ものごとが相互依存的に生起する」ネットワークを意味する。まさに私たちの情報環世界が、個々に分断されているのではなく、実は相互に影響を与え合いながら存在していることを表している。

互いの情報のバブルを意識し、他者の視点、他者の環世界を意識してみよう。そこには思っていたよりもずっと無限の、広い世界が広がっているはずだ。

参考文献

渡辺淳治他4名共著「情報環世界」NTT出版、2019年
自分の考えに近い意見・情報表示されやすい、ネット特性「知っている」日本38%…米・中を大幅に下回る 讀賣新聞オンラインhttps://www.yomiuri.co.jp/economy/20230704-OYT1T50095/
SNSがアメリカと日本にもたらした「真逆の現象」
どちらもコミュニケーション不全状態に
東洋経済ONLINE
https://toyokeizai.net/articles/-/462069?display=b
【社説】「ガラパゴス化」進む日本の立ち位置
化学工業日報:https://www.chemicaldaily.co.jp/【社説】「ガラパゴス化」進む日本の立ち位置/
(56)日本科学界のガラパゴス化 – 国際頭脳循環からの脱落をおそれる
研究開発戦略センター
https://www.jst.go.jp/crds/column/director-general-room/column56.html
英語で科学研究、つらい 論文に時間、国際学会を敬遠
中日新聞https://www.chunichi.co.jp/article/731403?fbclid=IwAR19ZXPCsz4Ai4DYYTAMyFAy_26iMVfoYiugcw5qZBJlRG9psoz5rPp5H1k_aem_AW7eW6tNmQHLundAja2Huo_PRftpDhsOVBM12bpCOdxPHsXjv-UA3APQpLcYMrto2VI
急速に普及が進むニッポンの「代替肉」最新事情
nippon.com
https://www.nippon.com/ja/japan-topics/g01179/
同調圧力の正体
為末大  Deportare Partners
https://www.deportarepartners.tokyo/think/20150628/

WRITING BY

伊藤 甘露

ライター

人間、哲学、宗教、文化人類学、芸術、自然科学を探索する者