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今、アメリカで「建設3Dプリンター」の導入が進んでいるワケ

 

国内の主要都市で住宅不足が社会問題化しているアメリカ。米全国不動産業者協会によると、アメリカでは現在住宅不足が深刻化し、現時点で550万戸から680万戸の住宅が不足しているという。住宅に対する需要と供給のギャップは年々広がりつつあり、その対策が早急に求められている。

そうした中、アメリカの住宅市場で建設3Dプリンターを活用する機運が高まっており、実際に各地で「3Dプリント住宅」の建設事例が増加している。なぜ、今日のアメリカで建設3Dプリンターの導入が進んでいるのか、その背景を考察する。

アメリカで普及が進む「建設3Dプリンター」

アメリカで建設3Dプリンターの導入が進んでいる。現時点で筆者が確認したところでは、これまでにカリフォルニア州、ネバダ州、テキサス州、ニューヨーク州、フロリダ州、メーン州、モンタナ州、バージニア州、アイオワ州、ペンシルバニア州、アリゾナ州、カンザス州、イリノイ州、テネシー州で「3Dプリント住宅」が建設されている。

筆者は、およそ10年ほど前からアメリカの建設3Dプリンターの情報を追ってきているが、当時アメリカの建設3Dプリンティングプロジェクトとしては、建設3Dプリンターの発案者のひとりとされる南カリフォルニア大学のベロク・コシュネビス教授率いる建設3Dプリンティングプロジェクト「コンツアー・クラフティング」くらいしか存在していなかった。

それが、今日に至るまでに複数の本格的な建設3Dプリンティング企業が設立され、カリフォルニア州やテキサス州などで大型の建設3Dプリンティングプロジェクトが立ち上がるようになった。なお、カリフォルニア州とテキサス州はどちらもアメリカにおける建設3Dプリンティング黎明の地であり、現在でもアメリカでもっとも建設3Dプリンティングプロジェクトが盛んな州だ。

4.5億ドルの資金を調達した建設3Dプリンティング企業も

そんなテキサス州に拠点を置く建設3Dプリンティング企業で、現在注目を集めているのがICON(アイコン)だ。ICONは、2017年にテキサスA&M大学出身の起業家ジェイソン・バラードが立ち上げた建設3Dプリンティング企業だ。社会問題に強い関心を持つバラードは、住宅不足の問題が単にアメリカ国内のみならず、世界の多くの国が直面する「人道上の問題」であると悟り、それを解決することを目的にICONを立ち上げたという。

元々はキリスト教の伝道師になることを考えていたというバラードは、まずは地元テキサスの住宅不足を解消するため、テキサス州オースティンで建設3Dプリンティングプロジェクトを開始した。ICONの建設3Dプリンター「ヴァルカンⅡ」は、最大2000平方フィート(約185.8平方メートル)の大きさの住宅を建設でき、建設速度は従来型工法の最大二倍、建設コストは半分と言うことでプロジェクト開始直後から全米の注目を集め、全国から問い合わせが殺到した。

現在、テキサス州ジョージタウンで100棟の3Dプリント住宅で構成される「3Dプリント住宅コミュニティ」を開発しているICONは、これまでにベンチャーキャピタルなどから総額で4億5100万ドル(約676億5000万円、1ドル150円で計算)もの資金を集めている。創業7年目のスタートアップ企業が集めた金額としては、破格の金額と言っていいだろう。

建設3Dプリンターの仕組み

ところで、建設3Dプリンターの仕組みはどうなっているのだろうか。仕組みは、一般的なFDM(熱溶解積層)方式のデスクトップ3Dプリンターと同じだ。FDM方式のデスクトップ3Dプリンターは、PLAやABSなどのポリマー系樹脂をヒーターで溶融し、ノズルから出力してレイヤーを積み重ねて積層造形する。レイヤーの上にさらにレイヤーを重ねて立体を造形するのだ。

建設3Dプリンターも同様にレイヤーの上にレイヤーを重ねて立体を造形するが、違いはプリントサイズの大きさと、使用する素材だ。建設3Dプリンターは住宅という大型の造形物を造形するため、相応に大きなサイズだ。また、素材はポリマー系樹脂ではなく、セメントをベースに骨材やファイバーなどを混ぜ合わせた「混合コンクリート素材」が使われる。

また、建設3Dプリンターは、現場に設置されて直接住宅を建設する「オンサイト型」と、工場などに設置されて住宅をパーツごとにプリントし、現場でパーツを組み合わせて住宅にする「プレハブ型」に二分される。「オンサイト型」では、上述のICONの「ヴァルカンⅡ」や、デンマークのCOBODインターナショナルが開発した「BOD3Dプリンター」が大きなシェアを有している。また、「プレハブ型」では、アメリカの別の建設3Dプリンティング企業のマイティ・ビルディングズの建設3Dプリンターが高いシェアを有している。

背景にある建設業の「労働者不足」

ところで、アメリカで建設3Dプリンターの導入が進む理由だが、建設3Dプリンターの建設速度の速さと建設コストの安さに加え、建設業労働者不足の問題がある。米建設業者組合によると、現在アメリカの住宅建設業界では54万6000人の建設作業員が不足しており、多くの住宅建設プロジェクトに遅延を生じさせているという。

ほとんど慢性状態にあると言っていいアメリカの建設業の労働者不足だが、その原因は何だろうか。原因は、これは我が国も同様に直面している問題だが、建設業労働者の高齢化と、若年層の建設業への就労忌避が最大のものだろう。

実際に建設業労働者の高齢化が進み、仕事をリタイヤする人が増加する中、建設業へ就労する若者が減少している。ある調査によると、アメリカの18歳から25歳の若者の48%が、IT関連やオフィスワークなどの「フィジカルではない仕事」への就労を希望しているという。

また建設業は、アメリカで労働中の死亡率が二番目に高い仕事であり、日本で言う3Kに属する仕事だ。若者がやりたくないと言っても不思議ではないだろう。建設業の労働者不足という問題は、アメリカや日本を含む先進国には共通の問題なのかもしれない。

アメリカで建設3Dプリンターは今後どれだけ普及するか?

前に筆者が上述の南カリフォルニア大学のベロク・コシュネビス教授をインタビューした際、教授が建設3Dプリンターを開発する理由としてアメリカの建設業における労働災害の多さを挙げ、「アメリカでは年間4700人もの建設業労働者が労働中の事故で死亡している。建設業とは非常に危険な業界であり、3Dプリンターで労働者をリプレースすることで人間を危険な仕事から解放するのだ」とコメントしていたのが印象的だった。

ICONのバラードCEOは、「3Dプリンティング技術は、従来の住宅よりも安全でより復元力のある住宅を生み出します。従来の住宅よりも火事、洪水、台風といった自然災害に強い構造になっています。イーロン・マスクが電気自動車がベストな自動車であるとしたように、我々は3Dプリント住宅がベストな住宅であると考えています。3Dプリント住宅は、住宅産業のテスラになるでしょう」とコメントし、建設3Dプリンティングの今後について非常に明るい見通しを示している。

3Dプリント住宅が住宅産業のテスラになるかどうかはわからないが、今後アメリカにおいて、一定の程度で普及してゆくことは間違いないだろう。既にカリフォルニア州とテキサス州では、3Dプリント住宅コミュニティが形成されつつある。カリフォルニア州ではテスラが相当のスピードで普及したが、同様のスピードで普及する可能性はゼロではないと言っていいだろう。

参考文献

[1]https://www.noradarealestate.com/blog/housing-shortage-in-america/#:~:text=One%20of%20the%20primary%20causes,and%20demand%20widening%20every%20year.
[2]https://www.iconbuild.com/
[3]https://www.cnbc.com/2023/07/29/the-hard-hat-job-with-highest-level-of-open-positions-ever-recorded.html#:~:text=The%20construction%20industry%20in%20America,homes%20to%20infrastructure%20to%20hospitals.
[4]https://buildertrend.com/blog/construction-labor-shortage/
[5]https://sekapri.com/%e5%bb%ba%e8%a8%ad/20220417-14203/

WRITING BY

前田 健二

経営コンサルタント・ライター

事業再生・アメリカ市場進出のコンサルティングを提供する一方、経済・ビジネス関連のライターとして活動している。特にアメリカのビジネス事情に詳しい。