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TECHNOLOGY

AIと人間の融合。カーツワイルが見据える「シンギュラリティのカタチ」

AIなどの、人類が生み出す科学技術の産物が人類そのものの能力を凌駕する「技術的特異点」とされるシンギュラリティ(Singularity)。21世紀を生きる今日の我々にとっては、否が応でも意識せざるを得ないことばであろう。

そして、このシンギュラリティを世界的に知らしめた書”The Singularity is near”(「シンギュラリティは近い」)の著者レイ・カーツワイルが新作”The Singularity is nearer “を出版することになり、改めて世の注目を集めている。

2005年にカーツワイルは”The Singularity is near”の中で何を予言していたのか。そして、今日までに何が実現し何が実現せず、また何が実現しそうで何が実現しそうでないのか。カーツワイルの新作の概要とともに情報を整理してお伝えする。

レイ・カーツワイルという人物

レイ・カーツワイル(Ray Kurzweil)は、1948年にニューヨークに生まれたアメリカ人コンピューターサイエンティストであり、著者であり、起業家であり、発明家だ。現在Googleのプリンシパル・リサーチャーとして勤務する傍ら、数々の未来予測を次々と発表し、それらのうち少なくない数を的中させたとして世界的に名が知られた人物だ。カーツワイルは、いわゆるシンギュラリティについての予言を記した著書 “The Singularity is near”の執筆者として最も世に知られている。

なお、カーツワイルが一連の「科学未来予測」を世に発表したのは“The Singularity is near”においてが初めてではない。カーツワイルは、1990年に出版した処女作 “The Age of Intelligent Machines”(「インテリジェントマシンの時代」)において、既にいくつもの未来予測を行っている。

カーツワイルは同書の中で、2010年頃に「自動翻訳電話機」が登場し、21世紀半ばまでに「完全自動運転車」が出現することを予言している。また同時期においては、音声認識や指紋認識で作動するホログラム型ロボットの出現も予言している。

音声認識や指紋認識で動作するホログラム型ロボットとは、現代風な言い方をすればメタバース空間に生息するアバターのようなものだと思われるが、35年も前に現在のアバターの到来を予見出来ていたとすれば、慧眼甚だしいと言わざるを得ないだろう。

カーツワイルはまた同書の中で、21世紀に生きる小学生の子供たちが紙の教科書に代わって「ポータブルコンピューター」を使って学習することや、チェスの試合でAIが人間に勝利すること、あるいはインターネットが世界的に普及することなども予測し、的中させている。

”The Singularity is near”で示されたカーツワイルの予言

その後、2005年にカーツワイルは”The Singularity is near”(「シンギュラリティは近い」)を出版し、その名を世界に知られるようになる。同書ではカーツワイルが大小様々な未来予測を行い、多くを的中させている。

例えば、コンピューターの能力向上と小型化に伴いスマートフォンやタブレットデバイスなどのハンドヘルド端末が広く普及すること、バーチャルリアリティの普及と各種のVRデバイスの普及、様々な生活シーンで人間をアシストするAIアシスタントの登場などだ。いずれも今日までにカーツワイルが想像したものに近い姿で実現している。

ところで、”The Singularity is near”で示されたカーツワイルの予言の中でも特に注目されているのがシンギュラリティの到来とその時期についてのものだ。カーツワイルは”The Singularity is near”の中でシンギュラリティは2045年に到来すると予言しているが、同時に2029年が、AIがいわゆるチューリングテストに「合格する年」になるとも予言している。

チューリングテスト(Turing test)とは、イギリスの数学者アラン・チューリングが発案したもので、AIの能力が人間の能力と同等か、区別がつかない程度の水準に達しているかを確かめるテストである。チューリングテストに「合格する」と、AIが人間の知的能力水準と同等かそれ以上に達したと見なされる。つまり、来るべきシンギュラリティの「予選」のような意味を持つテストなのだ。

チューリングテストの「合格」はシンギュラリティの「本格的な始まり」

カーツワイルは言う。

「2029年までにはコンピューターが人間レベルの知的能力を有するようになるでしょう。シンギュラリティとは、特にAIが象徴するテクノロジーの進化が、人間の能力を超越する瞬間です。その時にはAIが人間以上の知能を持ち、また人間が自分の脳内にクラウドに繋がったAIを埋め込み、それまでの我々をさらに進化させることになるでしょう。そして、今日現在において、それは部分的にすでに実現しており、今後さらに進化してゆくだけのことなのです」

2023年3月、イーロン・マスク氏が経営する医療機器メーカーNeuralinkが、人間の脳に埋め込んだ電極を経由して外部のコンピューターとやり取りする臨床実験を開始するというニュースが報じられた。世界中が驚いたニュースであったが、カーツワイルの言葉通り、AIと人間が融合する未来の「本格的な始まり」は、すでに現実のものになりつつあるようだ。
 
カーツワイルは、アメリカのメディアによるインタビューの中で、「AIなどのマシンは、我々の能力をパワーアップしてくれていることが現実なのです。我々をよりスマートにしてくれているのです。彼らはまだ我々の体内に入り込んできてはいませんが、2030年代には我々の思考をつかさどるネオコルテックス(大脳新皮質)と繋がるようになり、よりユニークで、より芸術的で、よりセクシーな存在へと進化させてくれるでしょう」と説明している。

新著”The Singularity is nearer”は何を伝えているのか?

ところで、カーツワイルの新著”The Singularity is nearer”がまもなく出版される。前作を「シンギュラリティは近い」とするならば、本作は「シンギュラリティはさらに近い」とでもすべきだが、その内容は、タイトル通りシンギュラリティ到来の様子をさらに詳細に告げるものになっているとされる。”The Singularity is nearer”の中でカーツワイルは、改めて2029年までにAIがチューリングテストに「合格」することを予測し、それを皮切りにAIと人間が融合する形でシンギュラリティの時を迎えると予言しているようだ。

”The Singularity is nearer”の中核的なテーマは前作とほぼ同様だが、AIと人間との融合をより強調する内容となっているのは間違いないようだ。AIと人間との融合により両者のバウンダリーが希薄となり、両者の能力が相互作用しながら幾何級数的に向上し、特にナノテクノロジーの領域においてかつてない進化を遂げると予測している。AIと人間との融合が生み出す新しい時代の到来を楽観的な視座で予測しており、シンギュラリティを人類のさらなる進化のための通過点であると見なしているようだ。

”The Singularity is nearer”は、シンギュラリティ到来後の未来を人類とAIが共生する、建設的で持続可能なものとして描いている。AIの極端な進化を警戒し、シンギュラリティの危機を訴える内容にはなっていないものと思われる。その意味では、”The Singularity is nearer”は前作同様、読者の知的好奇心を大いに刺激し、鼓舞してくれる一冊となる可能性が高いだろう。

参考文献

“The Singularity is near”
“The Age of Intelligent Machines”
https: //www.thekurzweillibrary.com/the-age-of-intelligent-machines-can-machines-think
https: //www.thekurzweillibrary.com/futurism-ray-kurzweil-claims-singularity-will-happen-by-2045
https://forbesjapan.com/articles/detail/63477
https://www.thekurzweillibrary.com/futurism-ray-kurzweil-claims-singularity-will-happen-by-2045

WRITING BY

前田 健二

経営コンサルタント・ライター

事業再生・アメリカ市場進出のコンサルティングを提供する一方、経済・ビジネス関連のライターとして活動している。特にアメリカのビジネス事情に詳しい。