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炭化した古代の智恵がAIで甦る時

炭化した古代の智恵がAIで甦る時

2026年6月25日、ヴェスヴィオス山の噴火により炭化した古代のパピルス巻物を、AIの技術によって完全解読したというニュースが世界を席巻した。
18世紀に発掘されて以降、ありとあらゆる方法を駆使して巻物の展開が行われたが、真っ黒に炭化した塊はさわればさわるほど物理的に破壊されていき、2000年ほどの時を超えた知のタイムカプセルは永久に開かれることのないものに思われていたのだ。
最新技術により、非破壊で、巻物1巻分全ての解読が成功したことは、まさに長年の悲願であり、私たちの前に悠久の叡智が紐解かれるという、近年稀にみるロマンだろう。

悠久のタイムカプセル

25日にイタリア・ナポリで開催された国際会議で、チームは今回の成果を「歴史的なブレークスルー」と表した。
2024年には巻物の中の文字を識別する機械学習のアルゴリズムが開発され、文字が断片的に解読されていたが、今回は1本の巻物を完全解読することに成功し、長さ1.5メートル近くの巻物に、20列にわたって古代ギリシャ語で記された本文の存在が明らかになった。

巻物は「PHerc. 1667」と識別されている複数ある炭化したもののうちひとつで、かつては完全な姿だったが、長年の物理的解読の弊害として外側から失われ、直径2センチ、高さ8センチの塊だけが残されていた。これはその他の巻物に比較すると半分ほどの大きさとなる。
これまでは一部の文字しか判読できていなかった巻物を仮想的に展開することで、複数の列にまたがる一貫した記述を追えるようになったという。
「PHerc. 1667」は、物理的な開封を行うことなく、完全にデジタル展開・解読された最初のヘルクラネウム・パピルスとなった。

封印された炭化巻物(左上)、内部の巻かれたシートの構造を示すX線スキャン断面図(上)、そしてインクの信号を復元することでギリシャ文字の列が浮かび上がった、展開された表面(下)。
Image: Vesuvius Challenge, CC BY-NC 4.0

解読された文章が扱っているのは、倫理や芸術、人間の行動をめぐる哲学的な議論であり、ストア派の「ホルメー(hormē)」、つまり「衝動」という概念も登場する。ストア派では、ホルメーを、人間や動物が何かを求めて動き出す、生まれながらに備わった心の働きと捉える。

文章には、次の一節が含まれている。

「私たちはある事柄を探究する。しかし、もし何らかの形で自分自身や自らの本性から離れてしまえば、それを理解することはできないだろう」

氏名不詳の著者は、行動を適切に制御できなければ有害な情念に陥ったり、本来の目標から逸脱したりする可能性があると警告している。
巻物の最後の部分に、ストア派の哲学者アリストクレオンへの言及が確認されている。そのためPHerc. 1667はアリストクレオンが活動した時期などから紀元前2世紀、あるいは非常に遅い紀元前3世紀に書かれたものと推定されており、このコレクションの中でも最も古い巻物の一つということになる。
また一部の専門家は、このテキストが古代ギリシャの哲学者、クリュシッポスに関連する可能性も提起している。クリュシッポスはストア派の強固な体系を作りだした人物だが、これまで著作は殆ど現存してこなかった。

新たな発見があった別の巻物「PHerc. 139」からは、題名が『神々について 第8巻』であることを特定した。これはエピクロス派のガダラのピデモスによる神学に関する巻物である。

PHerc. 139の題名部分。インクの信号を強調することで題名と著者の記載が明らかになり、この巻物がピロデモスの『神々について』第8巻であることが特定された。
Image: Vesuvius Challenge, CC BY-NC 4.0

以前から第1巻(および第3巻の可能性)の存在は知られていたもののそれ以外は不明であった。少なくとも2〜7巻は確実に実在していたはずで、そのどれかはまだ パピルスの中で沈黙しているかもしれない。ギリシア神話に関する新たな知識を包摂するかもしれない、完全に未知の複数著作の存在を一挙に証明したことは、非常に大きな発見だ。

また昨年5月には、「PHerc. 172」と名付けられた巻物が、やはりピロデモスの著した「悪徳について」という書物であることが解明されており、チャレンジが始まってまだ数年だが、その解明のスピードは恐るべきものがある。

ヘルクラネウムの悲劇

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そもそもこのパピルスのタイムカプセルは、どのようにして作られ、どう発見されたのか。

西暦79年、ヴェスヴィオス山の噴火と、最も有名なポンペイの悲劇については誰もが知るところだろう。イタリアのカンパニア地方(現在のナポリ近郊)に灰が降り注ぎ、周辺の集落は最大で約18メートルもの火山噴出物に埋もれた。

火山の麓にあったそれぞれの集落で、多くの人々が凄惨な死を遂げた。ポンペイには軽石が何時間も降り注ぎ、建物が崩落、火山砕屑流に焼き尽くされるなど、各地で甚大な被害に見舞われた。

高級な海辺の保養地であった古代ローマ都市ヘルクラネウムは、軽石の直撃は免れたものの、火砕流にさらされた。火砕流はパピルスなどの有機物を炭化させ、街を約18メートルもの堆積物の下に埋没させた。

破壊的な被害の後、都市は長い間地中に眠っていたが、ブルボン王朝ナポリ王カルロ7世の統治下、1738年にヘルクラネウムが発見され、発掘調査が開始された。当初発掘に携わっていた18世紀の人々は、別荘跡から見つかったそれを一見して書物だとは思わなかったはずだ。真っ黒に炭化した物体は布を巻いたものの集まりのような、燃え尽きた日用品のような、何気のないものに見える。

しかし、1750年に詳しく調べてみると、驚くべきことにそれらがパピルスの巻物であることが判明した。約1,800本の巻物とその断片が出土し、それは極めて画期的な、古代から現存する唯一の図書館の発見であった。

だが、当初数が膨大であったため廃棄されていた他、あまりにも脆く、広げて読むことなど到底不可能だった。1802年、エピクロス『自然について』の断片が発見されたことで更に解読への熱は高まったが、それらを全て覗き見る術をわたしたちは長らく持たなかった。学者たちは、固く扉を閉じた世紀の大発見を前に大きなもどかしさを味わうことになっただろう。

しかし、2010年代に入り、新しい技術のおかげで、これらの古文書に記された物語や記録が少しずつ明らかになってきた。

ロマンが人と技術を動かす

巻物の完全解読は、世界中から挑戦者が集う「ヴェスヴィオス・チャレンジ」の今年の成果である。

このコンテストは、ヘルクラネウムから出土した炭化したパピルスを非破壊・デジタル方式で解読する方法を世界中に募る、オープンサイエンスコンテスト兼研究プロジェクトだ。

このロマンにあふれた挑戦はケンタッキー大学のブレント・シールズ教授らが2019年に開始した巻物解読研究に端を発する。シールズ教授らが研究で構築した機械学習モデルと2本の巻物の画像解読を加速するためオープンソース化し、それに着目した元GitHubのCEO、ナット・フリードマンと投資家のダニエル・グロスの支援でコンテストが生まれた。

挑戦者らは主催者が公開した機械学習モデルや粒子加速器で3D CTスキャンした巻物の画像を使って解読に挑む。

PHerc. 1667の筆記面全体。約1.4メートルのパピルスと、ギリシア語で書かれた約22段の列から成る。
Image: Vesuvius Challenge, CC BY-NC 4.0

2023年には、チャレンジが公表されて開始からわずか7か月ほどで、米ネブラスカ大学の学部生が、AIを活用し初めてギリシャ文字を読み取ることに成功した。ギリシャ語の πορφύρας(porphyras、「紫」)という単語を確認しており、これに対し4万ドルが授与された。

また、2024年の受賞チームは、セグメンテーションという方法でパピルスの断片を仮想的に広げてつなぎ合わせ、インクを検出する機械学習アルゴリズムを開発した。これにより、11行2000文字以上のテキストが得られた。これはかつてない飛躍的な検出手法が実用化された瞬間だった。

巻物を仮想的に展開するプロセスには、高度な技術的精密さが求められる。以下がそのフローだ。

固まったパピルスを高解像度CTでスキャンした後、研究チームがスキャン画像から曲線状に重なった層を精巧に追跡し、仮想の平面へと展開する。
2024年の受賞技術であるページに残る微細なインクの痕跡を識別するよう訓練されたAI機械学習アルゴリズムによって、文字を分析し、テキストを復元する。
そこであぶりだされた文章は、パピルス学者たちにより記録の中の単語などをヒントに過去の哲学書との共通点が見出され、何について書かれたものなのか解明されてゆく。

今回解読されたPHerc. 1667の一部は1980年代に実際に広げる試みがなされたが、文字が覆い隠され、事実上読むことは不可能だった。巻物全体が残っていたわけではなかったが、現存する物体を完全に展開し、炭化したパピルスの内容を解読したという点で、今回の発見は非常に重要な成果だった。

この邸宅、通称「パピルス荘(Villa of the Papyri)」から発見された巻物のうち、現在も600本以上がほぼ未開封の状態で残されている。発見以来250年以上にわたり、学者たちは巻物を開くため、水銀を使った方法や、絹糸で端を少しずつ引っ張る方法、ガスを利用する方法、さらには巻物を機械的に開いていく装置など、さまざまな手法を試みてきた。

しかし、こうした方法では一部を読み取ることができた一方、開封の過程で貴重なパピルスそのものを損傷・破壊してしまうという問題があった。物理的に開封する試みはやがて行われなくなり、保存を優先する方針へと転換された。こうして、「知のタイムカプセル」たちは、長いあいだナポリの図書館などで眠ることになっていたのだった。
AIの進化、考古学と他分野の融合により、この眠りが揺さぶられる瞬間がついに到来した訳だ。そこに立ち会えたわたしたちは、まさに幸運と言えよう。

噴火を仰ぎ見ながら、最期に何を思ったか

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さて、この図書館のある邸宅、「パピルス荘」を誰が所有していたのか、そして多くのパピルスを書いたピロデモスについて、ここで更に検討してみたい。

ヴィラの所有者は、実は今日に至るまで確証が無い。しかしエピクロス派の哲学者ガダラのピロデモスの著作を多く収蔵する図書館、そして建物内には「エピクロスの庭園」に由来すると考えられる回廊付きの中庭(ペリステュリウム)があり、エピクロス像や伝セネカ像などのヘレニズム彫刻も出土したことから、少なくともエピクロス派に傾倒した位の高い人物であり、その条件とも合致するとなると、ユリウス・カエサルの義父、ルキウス・カルプルニウス・ピソ・カエソニヌスが最有力視される。

しかし、なぜこの書庫の持ち主は、絶大な人気を誇ったホメロス、ヘロドトスなどではなく、ピロデモスのような中堅の哲学者による著作をこれほど多く所有していたのだろうか。

歴史書での言及の中でピロデモスは晩年にイタリアへ移住したことが知られており、図書館が彼の著作ばかりであるのは、友人などに引き継がれたピロデモス自身の蔵書だったからではないかと推測されている。この説は、ピロデモスがピソの家族の友人であり被後見人でもあったことからも、有力に思える。もし巻物の中から彼の論文の草稿や別版が見つかれば、この説を裏付ける有力な証拠となると考えられている。

ピロデモスをはじめとするエピクロス派の哲学者たちは、エピクロスの教えを学んでいた。その哲学は、人間は死すべき存在であり、宇宙は原子と空虚からなる自然の営みによって形成され、神々が人間世界に介入することもないと説く。そして、善き人生の基準は快楽にあり、欲望を理性的に見極め、節度をもって生きることで、身体的な苦痛や精神的な不安から解放された平穏を得ることを重視した。

ピソとのつながりによって、ピロデモスはヘルクラネウムなどナポリ周辺でギリシア文学や哲学を学ぶ若き学生たちに影響を与える機会を得たとされている。しかしピロデモスの名に言及する文書は残っているが、著作はこれまで知られていなかった。そのためヘルクラネウムの巻物群は、殆ど初めて発見された彼の散文作品とも言える。

ロバート・ハリスのベストセラー小説『ポンペイの四日間』では、噴火に飲み込まれる直前の「パピルス荘」を舞台にした場面がいくつか描かれている。小説では、荘の所有者はローマの貴族カスクスとその妻レクティナと想定されている。実際に小プリニウスは自身の『書簡集』第6巻16通目の手紙第8節にて、レクティナに言及しており、大プリニウスが彼女から差し迫った危機に恐れ慄いている書き付けを受け取っていたことがわかっている。
ハリスはこの史実を盛り込み、噴火が始まると、レクティナは蔵書の搬出を準備し、ナポリ湾の対岸ミセヌムでローマ海軍を指揮していた旧友の大プリニウスに急報を送ったという物語とした。大プリニウスは直ちに軍船を出して別荘の近くまで到達したが、噴火の影響で上陸できず、レクティナやその蔵書を救出することは叶わず、それら蔵書が現代の考古学者によって発見されることとなった、という流れである。

史実として、大プリニウスもレクティナも噴火によって命を落とした。

そして実際のパピルス荘の所有者も、マグマと灰を吹上げるヴェスヴィオスを恐れ仰見ながら、パピルスを移動させようと苦心しながら絶命しただろうか。
その真実は、全て灰と炭と遥かなる時の彼方にある。

古代の智慧に触れる日

今回のAI解読技術の成功により、古代ローマとギリシャの文学および哲学研究に大変動がもたらされることは間違いないだろう。現在まで手付かずとなっている600点余りの巻物にも同様の技術が適用されれば、失われたと考えられていた古代文献が大量に復元される可能性が開かれたからだ。

考古学が古代人のDNA解析や、ミューオンを活用した非破壊検査などとクロスオーバーしたことにより様々な研究で飛躍的な発展を遂げ始めている今、古文書解読に新たなブレークスルーが生まれたことは、私たちにとって大きな夢だ。

この先駆的な研究は、未開封のもののみならず、まだ発見されていないパピルスについても新たな展望を切り開く。2012年時点で、ヴィラにはまだ2,800平方メートルの未発掘エリアが残されている。そこには、ヴィラより深い未発掘層に眠るラテン語パピルスの第二の書庫が含まれると想定されている。

私たちが悠久の智慧に触れる日はもうそこまで来ているかもしれない。

参考文献

Angelotti, Giorgio, et al. “Complete Virtual Unwrapping and Reading of a Rolled Herculaneum Papyrus.” arXiv, 27 June 2026.
Angelotti, G., Nicolardi, F., Henderson, P. & Seales, W. B. (2026). Ink detection from surface topography of the Herculaneum papyri. Scientific Reports. https://doi.org/10.1038/s41598-026-58467-1
Nicolardi, F., Parsons, S. et al. Revealing Text from a Still-rolled Herculaneum Papyrus Scroll (PHerc.Paris. 4). Zeitschrift für Papyrologie und Epigraphik 229, 1–13 (2024).
Nicolardi, F., Delattre, D. et al. The Final Columns of PHerc.Paris. 4 Revealed through Virtual Unwrapping. Cronache Ercolanesi 54, 9–27 (2024).

From CT Scan to Ancient Text: A First Letters Prize Workflow
Our guide to going from a scroll CT scan to an ink prediction — and potentially a $50,000 First Letters Prize!
PAUL HENDERSON
https://substack.com/@vesuviuschallenge/p-210923774

Exciting news from Scroll 5!
VESUVIUS CHALLENGE
https://scrollprize.substack.com/p/exciting-news-from-scroll-5

First word discovered in unopened Herculaneum scroll by 21yo computer science student
Vesuvius Challenge $700,000 Grand Prize “now definitely achievable”
Vesuvius Challenge
https://scrollprize.org/firstletters

Mantha Zarmakoupi (ed.), The Villa of the Papyri at Herculaneum: Archaeology, Reception, and Digital Reconstruction, De Gruyter, 2010.

Guidobaldi, M. P., Esposito, D. & Formisano, E. “L’Insula I, l’Insula nord-occidentale e la Villa dei Papiri di Ercolano: Una sintesi delle conoscenze alla luce delle recenti indagini archeologiche.” Vesuviana 1 (2009), 43–180.

プリニウス『プリニウス書簡集: ローマ帝国-貴紳の生活と信条』、
国原 吉之助訳、 講談社学術文庫 、1367年

ロバート・ハリス『ポンペイの四日間』菊池よしみ訳、早川書房、2005年

ジョン・セラーズ『ストア哲学――強く、しなやかに生きる知恵』月沢李歌子訳、三笠書房、2025年

堀田彰『エピクロスとストア』清水書院、2014年(新装版)

WRITING BY

伊藤 甘露

ライター

人間、哲学、宗教、文化人類学、芸術、自然科学を探索する者

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