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こんなに違う! デンマークの個人番号制度のリアル

デンマークでは、政府のデジタル化が世界でも一歩先を行っているーー。

そんな噂を聞いたのは、まだ日本ではマイナンバーに対するネガティブな印象が強かった令和に入ったばかりのころだ。日本政府がマイナンバー制度の普及を目指していたものの、令和元年7月1日時点でのカード公布率は、13.5%(※1)。自分の個人情報が一括管理されることへの不安や情報漏洩への対策など、懸念の声も聞こえていた。

デンマークは、国連経済社会局が世界各国のデジタル化進捗状況を2年おきにまとめる「国連電子政府調査2022」(※2)で3回連続で1位となり、一挙手一投足が世界から注目を集めている。

まだ見えないことが多い日本のマイナンバー制度。私たちのマイナンバー制度のこれからをデジタル・ガバメント先進国であるデンマークの事例をもとに想像していこう。

デンマークのCPRナンバーとは

デンマークで日本のマイナンバーに匹敵するのが、CPRナンバー(Central Persons Resistration)と呼ばれるシステムだ。個人情報の管理の効率化と、徴税の効率化を目的に1968年に導入され、10桁の数字に氏名や住所、生年月日、所得、性別、家族構成など個人情報が紐づけられている。

CPRナンバーと連動するサービスはさまざまあるが、デンマークのCPRナンバー制度を知る上で欠かせない代表的なものをいくつか紹介したい。

NemID

2010年に導入された認証システムであるNemIDは、CPRナンバーを用いたログインの際に暗証番号が求められるシステム。CPRナンバーが発行されると配られるコードカードに記載されている番号をログインの際に入力する。

手元にコードカードがないとログインができないため、盗難やハッカーからも十分に保護されるとされてきたが、セキュリティ強化のために2023年6月で廃止されることが決まっている。

MitID

NemIDの後を次ぐデジタルID制度が、MitIDだ。2021年から順次、すべてのNemIDユーザーはMitIDに移行する必要がある。

NemIDと大きく違うのは、スマートフォンのアプリでコードを取得できる点だ。もしスマートフォンを使えない場合は、ワンタイムパスワードコードが表示される電子デバイスも用意されている。

NemKonto

NemKontoとは、すでに持っている口座を公的機関からの支払いに割り当てる制度。デンマークで登記されたすべての国民と企業は、NemKontoを持つことが義務付けられている。

税金の還付金、児童手当、年金、失業手当、社会福祉費など、公的機関からの支払いを受け取る一括窓口をイメージするとわかりやすい。口座番号の入力の必要がなくなり手間を省くことができる。

コロナ関連の給付金の支払いも、NemKontoを通じて迅速に行われた。

Borger.dk

2007年から運用が始まったBorger.dkは市民向けの公共サービスを提供するウェブサイトで、引越しから医療、年金など、さまざまな手続きの一括窓口だ。市役所のサービスがBorger.dkに集約されていると考えていい。

このサイトにアクセスすれば、どこで手続きをすればいいのか、どのように手続きを進めるべきかがワンストップで確認できる。なお、ほとんどの手続きはネット上で完結することが可能だ。

e-Boks(Digital Post)

公的機関からの通知をデジタルで受け取る電子私書箱がe-Boks。こちらも法律上、全市民や企業が保有している。

通知を受け取るだけでなく、書類の提出もできる。 なお、e-Boksにアクセスできないホームレスや高齢者は、紙で通知を受け取ることも可能。

Sundhed.dk

医療に関する情報が集約されているのが、Sundhed.dkだ。診察記録や検査結果、病院の予約に関する情報がここ一つに集約されている。

日本では病院や医師だけしかアクセスできない情報が、当事者にもインターネット上で確認ができる。

CPRナンバーが幸福度をアップさせる

デンマークで進められたこれらの行政手続きのデジタル化は、行政手続きの簡略化やコスト削減を可能にした。さらに、デンマーク日本大使館によると(※3)、デンマークではCPR番号を活用した管理方法に対し、プライバシー侵害などへの懸念はあまり聞かれないという。92%の住民がデジタル・ポストの利用が安全だと回答し、93%の住民はBorger.dkに満足と答えている。

市役所で手続きをしたいけれど平日に行くために休みを取らなくてはいけなかった、もしくは窓口でたらい回しにされ無駄な時間を過ごしたという経験がある人は少なくないだろう。デンマークで進められている行政手続きのデジタル化によって、市民は無駄をはぶき、便利で効率的な暮らしを手に入れることができた。

成功の裏には、デンマーク市民のインターネット利用状況も大きく影響している。

デンマーク統計局の「人口におけるICT利用状況」によると(※4)、2021年の統計では16 歳から74 歳でインターネットに一度もアクセスしたことがない人の割合は1%で、市民の 5人に 4人がオンラインで買い物をしているという。2020年の結果では、100世帯のうち97世帯が自宅でインターネットを利用でき、96%が携帯電話、91%がPCを所有していると明らかになっている。

ユーザーの利便性を追求したデザインを採用

さらに、CPRナンバーを利用するさまざまなサイトは、利用者の利便性つまりUser Experience(いわゆるUXデザイン)を最も重視している。すべての手続きがインターネット上で完結できても、必要な情報にアクセスしづらいデザインではデジタル化の意味がない。

例えば、Borger.dkのデザインは、デンマーク語と英語では異なる。Borger.dkの英語ページでは、まず「Before moving(引越し前)」「When you arrive(到着後)」「If leaving(転出するなら)」の3つがトップに表示される。英語で確認する外国人とデンマーク人とでは、必要な情報が異なることを理解し、それに応じたデザインを用意しているからだ。

行政が情報をまとめたサイトをトップダウンで構築するのではなく、あくまでも利用者目線に立って使いやすさを重視する。だからといって、インターネットを利用している人だけに焦点を置かず、高齢者や障がい者、外国人など何らかの理由で手続きがインターネット上で行えないマイノリティに対応する余白も十分考慮されている。

日本のマイナンバー制度はどこへ進むのか

日本政府の呼びかけの効果もあり、令和5年3月12日時点でのマイナンバーカード公布数は、約9,500万枚と、人口に対する割合は75%(※5)を突破した。日本人の4人に3人がカードを所有していることになる。

政府が今後構想するのは、保険証としての利用や運転免許証との一体化、マイナンバーカードを活用した行政手続きの簡略化など多岐にわたる。

高齢者が人口の30%に迫る日本では、デンマークのようにカードがあるからインターネットで手続きしてくれという訳にはいかない。ただデンマークのシステムをお手本にするのではなく、日本の文化や利用者の状況に合った制度の構築に期待したい。

しかしながら、新しい制度に慣れるまで多少の時間はかかるとしても、これまでの課題解消への期待が高まる側面も多い。窓口負担の減少や、環境に配慮しペーパーレス化を進めること、便利さを感じられるデザインの設計など、マイナンバー制度はデンマークようにポジティブな変化をもたらすだろうか。

一方で、カードの情報漏洩やセキュリティ対策について、私たち市民を安心させるだけの体制が整っているだろうか。カード内のICチップにはプライバシー情報は記録されないとはいうが、どうやって管理されているかが見えない以上、疑念を拭いきれないという思いの人もいるだろう。

いずれにしても、私たちがどんな制度を必要としているかを明確にし、投票によって国のこれからに対する意志を表明することも忘れてはいけない。「マイナポイント」が最大の恩恵だったとならないよう、今後の動向に十分注視していこう。

参考文献

※1 https://www.soumu.go.jp/main_content/000639996.pdf
※2 https://desapublications.un.org/sites/default/files/publications/2022-09/Chapter%201.pdf
※3 https://www.facebook.com/EmbassyDenmark/posts/3244475835588917
※4 https://www.dst.dk/da/Statistik/nyheder-analyser-publ/Publikationer/VisPub?pid=1537
※5 https://www.soumu.go.jp/kojinbango_card/kofujokyo.html
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r03/pdf/01honpen.pdf

WRITING BY

Ayaka Toba

編集者・ライター

新聞記者、雑誌編集者を経て、フリーの編集者・ライターとして活動。北欧の持続可能性を学ぶため、デンマークのフォルケホイスコーレに留学し、タイでPermaculture Design Certificateを取得。サステナブルな生き方や気候変動に関するトピックスに強い関心がある。