SCIENCE

恐竜から鳥類へ。「羽ばたき飛翔」の起源に迫る

 

鳥が羽ばたくという謎

「空を飛んでみたい」、そのように考えたことはないだろうか。歌の歌詞にも、翼を手に入れたり、誰かのもとへ飛んでいったりするものがいくつかみられる。そのくらい、空には人を駆り立てる何かがあると思う。

残念ながら人が翼を生やし、飛ぶことはない。代わりに空を見上げてみると、鳥が飛んでいる様子を見ることができる。彼らを観察すると、常に翼を上下に動かし、羽ばたきながら飛んでいることが分かる。

一方で、人が空を移動する手段である飛行機では、鳥のように羽ばたいて飛行するものはほとんどない。当たり前だが、改めて比べると不思議である。

羽ばたき運動の重要性

鳥は、なぜ飛ぶ時に羽ばたく必要があるのだろうか。この素朴な疑問に迫るべく、2022年に名古屋大学の博士後期課程学生である明田卓巳と、名古屋大学博物館の藤原慎一講師による共同研究チームが論文を公表した(文献1、文献2)。

この論文は、鳥の胸部を構成する骨が羽ばたく能力を示す指標となることを示した研究である。さらにこの研究は、鳥の「羽ばたき飛翔」の真の起源を明らかにする上で、重要な考え方を我々に提供してくれる。

ここでは、この研究の紹介を通して、鳥たちがなぜ飛べるのか、いつから飛べたのかを、読者の皆様と一緒に考えていこう。

実は、鳥の羽ばたき運動は、鳥自身の体を推進させる働きがあることがわかっている。紙飛行機を飛ばすことを想像してみよう。勢いをつけて投げると、しばらく風に乗って浮き続ける。しかし、そのままだといずれ失速して、地面に落ちてしまう。つまり、ある速度以上で進まないと、飛び続けることができないのだ。

もし紙飛行機に飛び続けていてほしいなら、減速しないよう、前に進み続ける力「推進力」を加え続ける必要がある。飛行機では、ジェットエンジンやプロペラが推進力をうみだす。鳥でこの役割を担っているのが、羽ばたき運動である。体を持ち上げるための翼と、推進力を発生させる羽ばたき運動があって初めて、鳥は飛ぶことができる。

さらに鳥の羽ばたき運動は、飛翔以外の移動手段でも推進力を生み出している。例えば、ペンギンのように泳ぐ鳥は、羽ばたき運動で水中でも進行方向に進むことができる。また、ヒヨコのように飛翔能力のないヒナが、本来登れない急こう配を羽ばたきながら駆け上がる行動が確認されている(文献3)。

このように、力強い羽ばたき運動は、あらゆる移動において進行方向への推進を可能にする重要な運動である。つまり、羽ばたき運動ができるようになれば、空中や水中への進出やそれに伴う様々な場所、天敵からの逃避等が可能になる。

羽ばたき運動の起源

では、この力強い羽ばたき運動は、いつから行えるようになったのだろうか。

鳥は、恐竜から進化したといわれている。この仮説は、恐竜や古生物に携わる多くの研究者の検証により、ほぼ確実なものとなっている(文献4)。例えば、今生きている動物のなかでは鳥しかもっていない羽毛や翼を、恐竜ももっていたことが化石から明らかになっている(文献5)。

おそらく、このように翼や羽毛を持った恐竜のグループから、自身を推進するほど強く羽ばたける種類が出現し、鳥の羽ばたき運動の始まりとなったのだろう。

しかし、その恐竜の羽ばたき能力をどう評価したらよいのか。この問いを考えるために、次は羽ばたき運動を可能にする要因についてお伝えしよう。

羽ばたき運動はつまるところ、腕を打ち上げ、打ち下ろす運動の繰り返しである。そのため、翼を打ち下ろすための筋肉、打ち上げるための筋肉がそれぞれ必要になる。鳥の場合、ササミが翼の打ち上げ、胸肉が翼の打ち下ろしに用いられる。なんと、サラダチキンに用いられる筋肉が、鳥の羽ばたきに使われているのだ。自分の体を推進させるほど強く羽ばたくためには、ササミと胸肉が発する力が大きくなければならない。

つまり、恐竜たちのササミと胸肉が発揮する力の大きさが分かれば、翼や羽毛を持った恐竜の中で、高い羽ばたき能力を有する種が分かるはずである。しかし、彼らの筋肉が発揮する大きさを直接計測することは当分かなわないだろう。なぜなら、筋肉や内臓のような柔らかい組織は、生き物が化石となるまでに、腐り落ちるか、動物の遺骸を好む生き物に食べつくされてしまうからだ(文献6)。

恐竜をはじめとする生き物の化石が、骨や殻のような固い組織ばかりなのは、こう言った背景がある。よって、恐竜たちのササミや胸肉が発揮する力の大きさは、彼らの骨から推し量るしかない。

今まで行われてきた研究では、ササミや胸肉の起点となる骨、胸骨の存在やその形状が主に着目されてきた。自分の胸に手を当ててみよう。自分の肋骨が、胸の中心にある板のような骨に収束していくのを感じることができるはずだ。これが胸骨である。

鳥類の胸骨は、体の胸からお腹にかけて覆ってしまうほど広く、大きくなっている。さらに、船底からのびるキールのように(文献7)、胸骨から突起が突き出ている。この突起は、ササミや胸肉が収まる体積を増加させる役割がある。筋肉が発揮する力はその体積と相関があるため、胸骨やそこから突き出る突起の大きさは、ササミと胸肉が発揮する力の大きさと関係があると考えられる。

一方、翼や羽根を持つ恐竜では、胸骨の大きさや突起の発達度が様々である。例えば、翼が未発達であるにも関わらず胸骨をもっていたり(文献8)、鳥類のそれに近い翼を持つにも関わらず突起の発達が不十分であったり(文献9)……。中には、胸骨が軟組織、つまり軟骨だったと考えられる種類も存在する(文献10)。このように、胸骨だけでは、鳥類の羽ばたき運動の起源を解明するのは難しい。他にも、肩関節の形状に注目した研究や(文献11)、腕の骨の強度を計測した研究(文献12)などがあるが、いまだ統一した見解を得られていないのが現状である。

羽ばたき運動の指標になる「烏口骨(うこうこつ)」

そこで、共同研究チームが着目したのが、胸部にある骨の強度である。

骨には、身体を支え、運動の起点となる役割がある(文献13)。同時に、骨は筋肉が発揮する力を受け止め、耐えなければならない。筋肉が動くたびに骨が変形したり折れていては、運動を行うことはおろか、生きていくことさえできない。

つまり、より大きな力を発揮する筋肉を支える骨は、より強靭でなければならない。ササミと胸肉は、前述のとおりどちらも胸部骨格に付着する筋肉である。よって、羽ばたき能力のある鳥の胸部骨格は、ササミと胸肉による力に耐えられるよう、強靭であるはずである。

この仮説の真偽を確かめるため、共同研究チームは「烏口骨」の強度を209種の鳥で比較した。烏口骨とは、胸部骨格を構成し、体幹と肩甲骨をつなぐ骨である。骨の位置関係だけで言えば、ヒトでいう鎖骨をイメージするとわかりやすいかもしれない。鳥には、ハトやスズメ、ペンギンのように羽ばたくものと、ダチョウやドードーのように羽ばたかなくなったものがいる。もし彼らの間で烏口骨の強度に違いが見られれば、烏が羽ばたくかどうかと、烏口骨の強度には関係があると考えることができる。

体重による、骨の強度への影響を除いて比較した結果、羽ばたく鳥は、羽ばたかない鳥に比べて、烏口骨の強度が約2倍大きいことが分かった。自身の体を推進させるには、進行方向に力を加え続ける必要がある。そのためには、力強く羽ばたかなくてはならない。それはハトやスズメのような飛翔だけでなく、ペンギンのような遊泳でも同様である。やはり上記の仮説のとおり、ささみや胸肉による大きな力に耐えられるよう、十分な強度の烏口骨が必要なようだ。

さらに、この研究は思いがけない結果も示した。トンビやアホウドリのように、滑翔をする鳥の烏口骨強度が、羽ばたく鳥に比べて約1.5倍大きかったのである。

滑翔とは、上昇気流などの空気の流れを上手に捉え、羽ばたかずに高度を保つ飛び方である。羽ばたかないということは筋肉が翼を動かしていないということだ。そのため、滑翔する鳥の烏口骨が羽ばたく鳥のそれよりも強いことは、羽ばたく鳥は烏口骨の強度が高いという、この研究の仮説に反しているようにみえる。

しかし、体操競技のつり輪種目で、中水平支持(文献14)をほぼ1日中行うことを想像してみてほしい。この時選手は、自分の体重と同じだけの力を両腕に受ける。そのため、腕が万歳をしてしまわないよう、耐え続ける必要がある。同様に、滑翔している鳥には、その体を浮かび上がらせる力である揚力が、翼にかかり続ける。そのため、翼が上に巻き上げられないよう、羽ばたきに使われていた胸肉による力で耐え続けているのだ。

そのような特殊な飛び方であるためか、滑翔する鳥は、胸肉の形や性質が他の鳥といささか異なる。この変化が、烏口骨にかかる負荷の増大を起こしているようだ。

このように烏口骨の強度は、鳥が羽ばたくかどうかや、羽ばたき方によって説明ができる。よって、胸部骨格を構成する烏口骨の強度が、鳥の羽ばたき能力を示す指標になることが分かった。鳥の烏口骨は、祖先から脈々と受け継がれてきた骨であるため、恐竜も持っている骨である。今まで行われてきた他の研究を踏まえながら、慎重に検討を進める必要があるが、烏口骨の強度は、絶滅した鳥や恐竜の羽ばたき能力を、より確からしく復元するのに有効な指標となる可能性がある。そうすれば、鳥の「羽ばたき飛翔」の起源の解明に、より近づくことができる。

羽ばたき、飛び立つ年

さて、2023年が始まって3ヶ月ほどが経とうとしている。空を見上げてみると、いつも通り鳥が飛んでいる様子を見ることができる。人間は実際に飛ぶことは叶わないが、今年を鳥類のように飛翔する年とするために、前に進み続ける力がないといけないことは、鳥類と共通なのかもしれない。
読者の皆様が、目標に向かって力強く羽ばたいていけることを願っている。そうすればかつて恐竜がそうだったように、いずれ視点や視野が大きく変わり、新しい“景色“を見渡せるようになるのだろう。

参考文献

文献1 Akeda, T. & Fujiwara, S-i. (2022) Coracoid strength as an indicator of wing-beat propulsion in birds. Journal of Anatomy vol. 242, 436–446. URL: https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/joa.13788
文献2 名古屋大学. 鳥の羽ばたき推進力の指標を確立 ~恐竜から鳥類へ、羽ばたきの起源を推定~. 2022年11月17日掲載. URL: https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/2022/11/post-357.html
文献3 Greater Ubiquity of Wing-assisted incline running. Uploaded by Jackson, B. URL: https://youtu.be/Owf2iEwV-gk
文献4 鳥は恐竜から進化した ー 論争についに終止符. Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 6. URL: https://go.nature.com/3vHBjxw
文献5 福井県立恐竜博物館. 恐竜・古生物 Q&A 「羽毛を持つ恐竜がいたってホント?」. 2020年12月22日掲載. URL: https://www.dinosaur.pref.fukui.jp/dino/faq/r02049.html
文献6 産業技術総合研究所. 化石ってなに? URL: https://bit.ly/3Xe7MI6
文献7 Britannica. “keel”. URL: https://www.britannica.com/technology/keel-ship-part#ref151831
文献8 Lü, J., Brusatte, S. (2015) A large, short-armed, winged dromaeosaurid (Dinosauria: Theropoda) from the Early Cretaceous of China and its implications for feather evolution. Scientific Reports vol. 5, 11775. URL: https://www.nature.com/articles/srep11775
文献9 Mayr, G. (2017) Pectoral girdle morphology of Mesozoic birds and the evolution of the avian supracoracoideus muscle. Journal of Ornithology vol. 158, 859–867. URL: https://link.springer.com/article/10.1007/s10336-017-1451-x
文献10 Zheng, X., O’Connor, J., Wang, X. et al. (2014) On the absence of sternal elements in Anchiornis (Paraves) and Sapeornis (Aves) and the complex early evolution of the avian sternum. PNAS vol. 111 13900–13905. URL: https://www.pnas.org/doi/full/10.1073/pnas.1411070111
文献11 Jenkins, F.A. (1993) The evolution of the avian shoulder joint. American Journal of Science vol. 293 253–267. URL: https://www.ajsonline.org/content/293/A/253
文献12 Voeten, D.F.A.E., Cubo, J., de Margerie, E. et al. (2018) Wing bone geometry reveals active flight in Archaeopteryx. Nature Communication vol. 9, 923. URL: https://www.nature.com/articles/s41467-018-03296-8
文献13 雪印メグミルク. 骨の基本知識~骨の役割としくみ~. URL: https://www.meg-snow.com/hone-goodstory/knowledge/basic/
文献14 Sans, W.A., Smith, S.I., Stone, M.H. et al. (2006) Understanding and training the maltese. Technique pp.6–9. URL: https://www.researchgate.net/publication/261316131_understanding_and_training_the_maltese

WRITING BY

Akeda., T.

ライター

修士(理学)。博士後期課程として、脊椎動物の羽ばたき運動に関する研究に従事。地学分野学芸員の勤務経験あり。ドライブ、カラオケ、化石採集が趣味です。