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暴露は大衆を熱狂させる蜜の味

 

人々は暴露する者に魅せられる

2013年ドイツで行われたアンチPRISMデモでスノーデン氏への支持を表明する人々

2022年7月10日の参議院選挙に、芸能人の過激な暴露を繰り返し大きな話題を呼んでいたYouTuberが当選確実となり、まさかの事態に世間は騒然となった。

運営していた暴露系YouTubeチャンネルは登録者数126万人を有し(現在はアカウント停止中)、真偽も定かではないにも関わらず、その驚くべき芸能界の醜聞が瞬く間にインターネット上にバイラルしていった。見てはいけないものを見ているようなチャンネルに人々は密かに集まり、スマホでその危険な香りを享受した。

先の選挙では、与野党を選びたくないという人々の受け皿になったとされているが、約28万7000票を投じた有権者がいるということは看過できない。ドナルド・トランプがアメリカ大統領に当選した際にも話題になった、大衆心理と民主的選挙の弊害を鋭く指摘したオルテガの『大衆の反逆』を彷彿とさせる。

そのトランプも、衝撃的暴露本『Fire And Fury(炎と怒り)』が大統領在任中に発表され、全米を激しい議論に巻き込んだ。本は瞬く間に1週間で100万部を超えるベストセラーとなり、様々な国で即座に翻訳され出版される事態となった。著者がいわばセレブリポーターであったことで本作の正確性は議論となったが、トランプ政権の異常な内情を世間に知らしめる効果は大いにあった。多くの人はアメリカの行く末を嘆きつつ、エンターテイメントとして読書を楽しんだことだろう。

エドワード・スノーデンが、国際的監視網「PRISM」の実態を暴露し世界を騒然とさせた事件も記憶に新しい。スノーデンは指名手配を受けているが、暴露の余波は収まらない。そのルックスも相まって、映画化や本の出版、肖像がNFTとして販売されるなど、大衆の間で“英雄”やスターのように扱われ、もはやPRISMの話題自体も、スノーデンの二の次のようだ。

なぜ人はこうも暴露という話題に魅了されるのだろうか。実は、大衆を狂喜させ思わぬうねりと力を生み出す暴露の危険な蜜の味には、古代の人間も取り憑かれていた。

古代も平安も、大衆の娯楽は暴露から

フリギアの王ミダース、触ったものが金になる”the golden touch”という神話でも有名

「王様の耳はロバの耳」はよく知られた寓話だが、ロバ耳の秘密を暴露されてしまったのは紀元前8世紀頃のフリギア(現在のトルコ)の王ミダースだったと考えられている。そんなに遥か昔から暴露は変わらず、抗えられない危険な魅力を持った行為だったということだろうか。

実はここ日本でも、古から暴露は人々のエンターテイメントであった。

7世紀に成立した日本最古の和歌集である『万葉集』には、驚くべきスキャンダルが描かれている。天智天皇の妻であったとされる額田王が「あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る」(袖を振る求愛行為を野の番人が見ますよと恥じらい嗜める)と和歌を詠むと、天智天皇の弟である大海人皇子が「紫草のにほへる妹を憎くあらば人妻ゆゑにわれ恋ひめやも」(紫草のように美しいあなたが憎かったら、あなたは人妻だというのにどうして恋慕うことがあろう)と返歌を詠んでいる。

天智天皇の建前、これは大変なスキャンダルであり、またそれを和歌に詠むとは現代でも驚きの大暴露だろう。実際には遊猟の後の余興として、天智天皇、大海人皇子も同席の上で詠まれたのではとされているものの、その場は大いに沸いたに違いない。この暴露の大胆さに、古に実在した額田王という女性の強かな政治手腕すら感じざるを得ない。この艶かしい三角関係は後世に影響を与え、未だに多くの読者を魅了している。

平安時代に藤原道綱母によって書かれた『蜻蛉日記』は、彼女の夫藤原兼家が、もうひとりの妻時姫や次々と現れる妾たちの元へ通う中、自分の所にやってこないフラストレーションや嫉妬、夫との諍い、夫の愛の薄れを嘆く様を率直に書き記すなど、赤裸々に夫婦間の激しい愛憎を暴露した日記文学作品となっている。

同じく平安貴族の愛欲が暴露されているのが『伊勢物語』である。主人公は「昔、男ありけり」とだけ冒頭句に記されているが、これすなわち在原業平であると推測されている。物語の初めから姉妹に手を出し、それを皮切りにありとあらゆる女と情事を重ねる様子が描かれたスキャンダラスな内容で、よく実在の人物の色恋についてここまで明け透けに書いてまとめることができたと感心すらする。伊勢物語はのちに『源氏物語』成立に大きな影響を与え、その後もパロディが多数作成されるなど日本文学に大きな痕跡を与えた。

蜻蛉日記共に、未だに現代人に読まれている事実を思えば、反倫理的なものを覗き見る面白さは、太古も今も何も変わらないのである。

マックレイカーは醜聞をあさり悪を暴露する


大衆を歓喜させる甘美なエンターテイメントという側面とは別に、懲悪という目的を持った危険を伴う暴露もこの世には多数存在する。

スノーデンやウィキリークスより遥か昔、1900年から活躍していた「マックレイカーズ」と呼ばれるジャーナリストたちがいた。

マックレイクとは古くは馬糞などを掃除するための肥やし熊手のことを指すが、セオドア・ルーズベルトが“The man with the muck-rake”という、“頭上に現れた聖なる救済が見えず、足元にある汚物に気を取られる人物”に例えたことから政治腐敗などを掃除する者、または皮肉を込めて、醜聞をあさる者という意味になった。そして1903年に起きた汚職スキャンダルの暴露を皮切りに、潜入取材と暴露で社会変革を目指すジャーナリズムが台頭した。

有名なマックレイカーズの一人に、女性の調査ジャーナリストの先駆けであるネリー・ブライがいる。ネリーはマンハッタンのブラックウェル島(現在のルーズベルト島)にあった精神病院に、患者を偽って強制入院させられることで内部調査を行い、院内虐待の実態を告発する記事を書いたことで有名だ。

潜入調査をする案を自ら新聞社に提出していたものの、どうやって潜入後に救出されるかまでは見通しを立てていなかった。院内では患者を人間として扱わず折檻を繰り返すなど悲惨な状況がまかり通っており、ブライは自分は健常だと主張するも精神病患者の妄言と取り合われず、危険と隣り合わせの取材となった。脱出後、記事は大々的に掲載され、この大暴露スキャンダルは全米に広がり、市はブラックウェル島の予算を増額し精神病院の状況を改善せざるを得なくなった。

ネリーは一躍時の人となり、その後も女性連れ去り事件の実験台となったりと潜入調査を繰り返した。

アメリカ、アリゾナ州にて未だ使用されているネリー・ブライの肖像

マックレイカーズは極めて商業的な雑誌を利用してスキャンダルの暴露を行っており、当時一部の教養人からは下品な娯楽だと思われていた。たしかに大衆は彼女たちマックレイカーに熱狂し、政治家の腐敗や醜聞に憤慨するふりをして、おおいにスキャンダルを楽しんでいたのだろう。何かに焦点を定めて怒りをぶつけたり正義を振りかざすことは、ある意味で自分の人生の不満などをすり替えて発散できる、エクスタシーでもあるからだ。

暴露とは、アブノーマルな娯楽であり、快楽なのである。

つえを突いて座る男


政治腐敗を白昼に晒す正義の暴露は、現代でも風刺コメディ番組に姿を変えて大衆を熱狂させている。

イラクでは、「Albasheer show(アルバシーラショー)」が2014年からテレビ放送されている。

ホストであるアハメッド・アルバシーラが、イラクの腐敗政治の闇をおちょくりながら鋭く暴く内容で人気を博し、その視聴者数は2015年時点で1900万人と、およそイラクの総人口の半分を占めている。殺害予告を受けたアルバシーラは国外に亡命することとなったが番組は今日も続いており、番組に触発された若者たちにより2019年から2021年に抗議活動が群発した。

しかし、物語には続きがある。

最初は真剣に社会変革を目指していた番組の方向性が、最近徐々にアジェンダの無いコメディへと変わってきているという。それはイラクの大衆が、番組を初期の革命的影響力を与える場ではなく、単なる娯楽として捉え始めてきていることの裏返しに思える。

結局人々は、命を賭けた真剣な暴露ですら、自分の欲を満たす為のエンターテイメントとして享受してしまうのだろうか。暴露の代償として重刑を課せられるスノーデンやジュリアン・アサンジという人々の命運すら、私たちにとってはテレビやWebニュース上のスキャンダラスな娯楽の一部に過ぎないのかもしれない。それはロバ耳王ミダースの噂を楽しむフリギアの民衆や、額田王の和歌で宴を喜ぶ万葉の貴族たち然り、いつの時代も変わらないのだろう。

世界中の首脳や富豪の租税行為を暴露したパナマ文書では、文書を元に政府を追求していたマルタの女性ジャーナリストが爆殺されるなど、その醜聞と余波が世界中に衝撃を与えた。連日報道が加熱していたなか、実はこの暴露によって、第二次世界大戦中にナチスに没収されて行方不明となっていたモディリアーニの絵画「つえを突いて座る男」が見つかっていたことはあまり知られていない。

27億円とも言われる絵画の中で、椅子に腰掛け杖にやや体重を傾けて、はぁ、とため息でもつかんとするアーモンド型の目の男。

大衆が暴露に魅せられ狂喜し、そのパワーを利用して社会正義を達成せんとする者たちが命を賭けた暴露をし、またそれを娯楽として我々が享受する。そんな有象無象の渦の中を、男は静かにそこに腰掛けて、全てを見つめていたのかもしれない。

参照文献

全米騒然!トランプ暴露本に潜む3つの疑問
「Fire And Fury」には何が書かれているのか ダニエル・スナイダー 東洋経済
https://toyokeizai.net/articles/-/204094
Edward Snowden did enlist for special forces, US army confirms The Guardian
https://www.theguardian.com/world/2013/jun/10/edward-snowden-army-special-forces
共謀罪で露出が増えるスノーデンは英雄なのか 山田敏弘,ITmedia
https://www.itmedia.co.jp/business/articles/1706/08/news014_6.html
ジュリアン・アサンジ「ジュリアン・アサンジ自伝―ウィキリークス創設者の告白」 学研プラス、2012年
ロバート・グレーヴズ 「抄訳・ギリシア神話」椋田直子訳、PHP新書、2004年
中西 進「古代史で楽しむ万葉集」 角川ソフィア 文庫 、2010年
室生 犀星「現代語訳 蜻蛉日記」 岩波現代文庫、2013年
大津 有「伊勢物語 」岩波文庫 、1964年
Filler, Louis (1976). The Muckrakers: New and Enlarged Edition of Crusaders for American Liberalism. University Park: Pennsylvania State University Press
“Nellie Bly”. Biography
https://www.biography.com/activist/nellie-bly
New York Times. December 23, 1876
https://timesmachine.nytimes.com/timesmachine/1876/12/23/81702224.pdf
アプトン・シンクレア 「ジャングル (アメリカ古典大衆小説コレクション)」松柏社、2009年
Bassem Youssef: Egypt’s Jon Stewart. Bloomberg
https://www.bloomberg.com/news/articles/2012-03-29/bassem-youssef-egypts-jon-stewart#xj4y7vzkg
“Opinion | ‘You Are Killing Us? We Will Make You a Joke.’ Meet Ahmed Albasheer”. The New York Times https://www.nytimes.com/2019/12/26/opinion/albasheer-show-iraq-political-revolution.html
記者爆殺、揺れるマルタ 「パナマ文書」報道、疑惑追及 朝日新聞
https://www.asahi.com/articles/ASKC240Z7KC2UHBI016.html
27億円の名画、パナマ文書きっかけで見つかる モディリアーニ「つえを突いて座る男」
The Huffington Post
https://www.huffingtonpost.jp/amp/entry/modigliani-nazi_n_9667778/

WRITING BY

伊藤 甘露

ライター

人間、哲学、宗教、文化人類学、芸術、自然科学を探索する者