TECHNOLOGY

テクノロジーが死を超える時

死者は労働させられる

2019年年の瀬のNHK紅白歌合戦に驚くべき出演者が登場した。1989年に亡くなった昭和の大スター「美空ひばり」である。ステージに現れたのは、間違いなく美空ひばり的な歌声をもった、美空ひばりに限りなく近い何かであった。

ヤマハが開発した「VOCALOID:AI」というディープラーニングを使用した音声合成技術を用い、テレビ局やレコード会社に残された膨大な音源を教師データとして学習し、美空ひばりの歌声を極限まで再現を試みた。あまりに精巧に歌うホログラムに対して、視聴者の衝撃は大きかった。3Dホログラム自体は不気味の谷をやや越えきれていないが、慈愛のこもった歌声や話しかけは、楽曲の素晴らしさも加わり、今までのAIのイメージを覆すものであったのは間違いない。

しかし番組放送直後から、死者の尊厳や倫理を巡って賛否両論の大論争になった。

昨今、テクノロジーを用いて、マリア・カラスをホログラムにして生オーケストラと共演させたり、ニルヴァーナのAIに”新曲”を発表させ、星新一のAIに”新作”をかかせるなど、既に亡くなっている人の歌や動きや思考を再現するムーブメントが起こっている。

しかし当然マリア・カラス自身は死後また舞台に立ちたいなどと遺言を残しているわけではないし、星新一に至っては、生前自身の作品の映像化などはほとんど許さず、「やるなら俺が死んでからにしてくれ」と言っていたくらいである(今回のテーマに照らし合わせると皮肉な発言だが、それでは本当に本人が望んでいるか、はNOと言わざるを得ないだろう。ただし、いかにもSF的でシニカルな”AIが星に成り代わって新作を書く”というアイディアを、星が生きていたら気に入ったかもしれない。)。

テクノロジーの急速な発展により、“できることを実現してみせたい”という人間の欲望が先立つ今、彼ら死者の「遺志」はどこにあるのだろう。

クリエイティブスタジオ「Whatever Inc.」は、こうした死してなお労働させられる事象を「D.E.A.D 死後デジタル労働(Degital Employment After Death)」と名付け、問題提起を行っている。Webサイト上や展示会場などで「死後デジタル労働表明書」文書を公開し、人々が死後自分の写真や音声やSNSデータなどの個人情報をどう扱うかを、自分で生前意思表明できるようにしている。AI技術の現状に対するアイロニカルなコンセプチュアルアートのように感じるかもしれないが、これは今後もしかしたら遺言やドナー登録などに並び、当たり前の手続きになるかもしれない。

果たして人間は、テクノロジーで人の死を超越することができるのか、またそれは人間の倫理の正しい轍を踏んでいるのだろうか。

ダゲレオタイプの死者、死から蘇るペット

メアリー・シェリーの「フランケンシュタイン」のように、死から生を蘇らせる試みは、遥か昔から人間の永遠の欲望であった。もちろんこれまで完全に死者を取り戻すことはできなかった訳だが、せめて死者の面影をこの世に留まらせようとする試みは技術の発展に伴いエスカレートしてきた。

ビクトリア朝時代には、1839年に発明されたダゲレオタイプという銀板写真技術の普及に伴い、死者に生者のようなポーズをとらせて写真を撮ることが流行した。「ポストモーテムフォトグラフィー(Post-mortem photography)」である。一見すると異様な光景だが、伝染病や怪我などで誰もがいつでも命を落としかねない時代、まだ若い家族との離別は日常的なことであり、彼らの悲しみもひとしおだっただろう。小さな子供の遺体が家族とともに団欒しているようなポーズをとらされ写真に収まっているのを見ると、遺された者たちの”なんとかしてこの子が生きていた証を残したい”という切実な願いを感じる。また写真を撮ることが、遺族の中での一つの区切りや癒しとなっていたことは想像に難くない。

イスラエルのスタートアップ企業D-IDは、故人の写真にモーションをつけて話させることができるディープラーニングAI「Deep Nostalgia」を開発した。先祖検索や家系図作成サービスなどを行う同じくイスラエルの企業「MyHeritage」は「Deep Nostalgia」を無料アプリに実装し、我々も簡単に、写真でしか見たことのない先祖が生き生きと動く様を見ることができる。やや控えめに、でも確かに生きているようなその不思議な実在感は、D-IDがYouTubeにアップロードした1954年に亡くなったフリーダ・カーロの写真が話す動画で確認することができる(1)。

2021年には米マイクロソフト社が、故人のソーシャルメディア上の音声や画像、投稿、電子メッセージなどを用いて、AIが故人そのもののチャットボットを生成する技術の特許を取得していたことが明るみになり物議を醸した。人気SF不条理ドラマ「Black Mirror」のシーズン2第一話「Be Right Back(ずっと側にいて)」で描かれる、死者を復活させんとするAIチャットボットテクノロジーがこんなに早く現実のものになるとは、ドラマの行く末も相まって不穏な先行きを感じずにはいられない。

中国では、死んだペットをクローンとして甦らせるビジネスが拡大している。

北京のバイオベンチャー企業「北京希諾谷生物科技(シノジーン)」が犬580万円程度、猫は380万円程度で請け負う。かなり高額だが、愛犬や愛猫にまた会いたいと、クローンを作成する人が後をたたない。動物たちの繁殖方法やクローン技術をビジネス化するという倫理的な面で、激しい議論を呼んでいる。

その他、2022年6月に発表されたばかりのアマゾンの音声認識AI「アレクサ」を通じて故人の音声が応答するサービスや、人工知能開発者が亡き親友とのテキストデータを使用しボットを作ったことから発展したチャットボットAI「Replika」など、遺族の「故人を蘇らせたい」というニーズの強さに驚かされる。彼らに寄り添う形で、死を乗り越えようとする技術は日々生まれ続けている。

魂を救済するメソッド

元々「AI美空ひばり」は、2019年のNHKスペシャル「AIでよみがえる美空ひばり」という企画から始まった。突然にストーリーが断ち切られた形でAIが現れた紅白歌合戦とは違い、この番組には美空ひばりの復活を熱望する人々が多く登場し、なぜ美空ひばりとまた会いたいと願うのかを切実に語る姿が印象的だった。

ホログラムによるコンサートが始まると、愛する人に一目会いたいという会場全体の切望がAIに投影され、まるで死者の墓前に優しく語りかけるようなあたたかい気持ちを観客の瞳から感じ取ることができた。そのAIと人々との応酬に、愛する人を失った人々のための救済のテクノロジーという新しい地平を感じることができた。

しかしやはり、美空ひばりの歌声を生成する過程で、プログラマーが“方向性”という言葉を用いて「笑顔になりながらも気持ちは高ぶって涙は出てしまうみたいな感じ」にしたいと発言したり、AI美空ひばりのための新曲に詞を付けた秋元康が「お久しぶりです、あなたのことをずっと見ていましたよ」と語らせることを思い付くということは、死者をエンターテイメントへ仕上げるための”演出”であると言える。ショービジネスやテレビ番組としての仕上がりを、死者の目線ではなく全くの他者が”操作”するならば、それはやはり死者の尊厳を完全に守っているとは言えないのかもしれない。

同じくイスラエルのD-ID社が発表した、殺人事件の被害者の写真と音声にディープラーニングを使用し、死者自身が「私は殺された」と訴える虐待防止キャンペーンも議論を呼んだ(2)。

死者が生前話したとは到底言えない内容を、より大衆的な(それが重要な啓発だったとしても)目的のために演出し、話させる、というのは、同じく”彼女たち”という故人の人格を利用していると捉えられても致し方ないだろう。

反対に“死者を演出しない”という点で、映画「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」の中で歴史を書き換え、カルト団体に惨殺されたハリウッド女優シャロン・テートを救ったクエンティン・タランティーノは注目に値する。ポッドキャスト「The Director’s Cut」で、「僕は、シャロンをクエンティン・タランティーノ作品のキャラクターにしないように努めていた(I try to not turn Sharon into a Quentin Tarantino character.)」と語っている。意図的に演出しないことを選択したというのは、タランティーノ映画では革新的な試みであった。

筆者ですら「惨殺された」と描写したように、彼女の女優としての功績より、その死だけが今日まで我々の記憶に刻まれている。そこをあえてタランティーノらしさを全て剥ぎ取ったキャラクターにすることで、”事件の被害者”という記号やレッテルを乗り越えて、愛らしく生きた”ふつう”の人物であったということを表現しようとした。シャロン・テートを「墓石から救う(saving her from her tombstone)」と表現したタランティーノの試みは、映画の中で見事に成功している。

遺された者のためではなく、死者そのもののイメージの復活と慰霊という点で、宗教や芸術に肉薄する業であり、他と大きく一線を画している。恐らくここに、死を乗り超えるためのテクノロジーの正しい道程があるのかもしれない。

冥界の深淵に危うく立つ

死のテクノロジーはキャッチーで蠱惑的である。これからも、故人を癒すためのテクノロジーは際限なく生まれてくるだろう。愛する故人ともう一度出会えた人々の感動は計り知れないものがある。亡き両親や恋人や子供がまたあたなの目の前に現れたら、あなたに話しかけてくれたら、あなたはそれを偽りと断罪することができるだろうか。

政治的意図を持った偽動画の拡散などで大変問題になっているAIによる人物画像合成技術「ディープフェイク」など、あなたが欲しい情報をくれる技術はいくらでもある。その感動が過激思想や戦争においてのプロパガンダに悪用されないよう、私たちは常に倫理の天秤にかけながら技術の発展を見つめてゆく必要があるだろう。

2018年、中国で霊長類初のカニクイザルのクローンが誕生し、世界中に大変な衝撃を与えた。つまり闇の錬成術は既に完成していて、”禁断の御業”も実現可能だということになる。神に挑戦しその力を誇示する人々はまた現れるだろう。その時どう命の尊厳と向き合い、自戒してゆくのか。それは冥界からエウリュディケーを連れ帰るのに失敗したオルフェウスと同じように大きな深淵に危うく立つ私たちが、自ら編み出すこれからの轍にかかっている。

参考文献

D ID Frida Kahlo Speaks https://youtu.be/7xRHZrnAwrs
Listen to My Voice – Michal Sela Eng Version https://youtu.be/LqMSimKrjSY
美空ひばりVOCALOID:AI™-AIに関する取り組み
ヤマハ株式会社
https://www.yamaha.com/ja/about/ai/vocaloid_ai/
AI美空ひばり「冒瀆ではない」 NHK検証番組放送へ
朝日新聞デジタル 真野啓太
https://www.asahi.com/amp/articles/ASN3J4CHBN3DUCVL00Z.html
CALLAS IN CONCERT
BASE HOLOGRAMS
https://basehologram.com/productions/maria-callas
Check out this Beatles-inspired song written entirely by AI
ARTIFICIAL – INTELLIGENCE
https://thenextweb.com/news/check-out-this-beatles-inspired-song-written-entirely-by-ai/amp
In Computero: Hear How AI Software Wrote a ‘New’ Nirvana Song
Rolling Stone
https://www.rollingstone.com/music/music-features/nirvana-kurt-cobain-ai-song-1146444/amp/
気まぐれ人工知能プロジェクト 作家ですのよ
https://www.fun.ac.jp/~kimagure_ai/
D.E.A.D Digital Employment After Death
https://dead.work
Taken from life: The unsettling art of death photography
Bethan Bell, BBC News.
https://www.bbc.com/news/uk-england-36389581.amp
Deep Nostalgia™へようこそ
My Heritage
https://www.myheritage.jp/deep-nostalgia
D-ID:https://www.d-id.com
Microsoft Goes Full ‘Black Mirror’ with New Patent to Turn Deceased People into AI Chatbots
Zack Sharf, Indie Wire.
https://www.indiewire.com/2021/01/microsoft-black-mirror-deceased-people-chatbots-1234610894/amp/
シノジーン動物ペットクローニング会社
https://jp.sinogene.org/about-sinogene/
北京希諾谷生物科技有限公司-淘寶海外
https://world.taobao.com/dianpu/277251640.htm
Amazon’s Alexa could turn dead loved ones’ voices into digital assistant
Alex Hern, The Gardian.
https://amp.theguardian.com/technology/2022/jun/23/amazon-alexa-could-turn-dead-loved-ones-digital-assistant
Replika
https://replika.com
Israel’s D-ID Uses AI To Give A Voice To Victims of Domestic Violence
Simona Shemer, nocamels.:https://nocamels.com/2021/11/israel-domestic-violence-abuse-d-id/
Once Upon a Time… in Hollywood with Quentin Tarantino and Paul Thomas Anderson (Ep. 215)
The Director’s Cut – A DGA Podcast
https://podcasts.google.com/feed/aHR0cHM6Ly9mZWVkcy5zb3VuZGNsb3VkLmNvbS91c2Vycy9zb3VuZGNsb3VkOnVzZXJzOjg3ODUxMDEwL3NvdW5kcy5yc3M/episode/dGFnOnNvdW5kY2xvdWQsMjAxMDp0cmFja3MvNjcwMDc2NzEx?hl=ja&ved=2ahUKEwjLgsH8kc34AhUFmlYBHUNaCPQQjrkEegQIBxAH&ep=6
ディープフェイク(Deepfake)とは|基本知識、表出した恐怖とその対策について
Ledge.ai:https://ledge.ai/deep-fake/
解説:サルのクローン誕生、その意義と疑問点
クローン人間が技術的に可能に、でも必要性は?
Michael Greshko/訳=三枝小夜子 National Geographic
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/b/012600147/?ST=m_news

WRITING BY

伊藤 甘露

ライター

人間、哲学、宗教、文化人類学、芸術、自然科学を探索する者