SCIENCE

人類は、きのこと会話する夢を見る

きのこが”会話”するという衝撃


2022年、西イングランド大学アンドリュー・アダマツキー教授が発表した論文が話題になっている。なんときのこが、電気信号による「言語」を持ち、最大50語の「単語」を使用していると言うのだ。

きのこと電気信号的言語というと、漫画「地獄先生ぬ〜べ〜」で、ぬ〜べ〜の生徒の1人晶がドラセナに電極をつけてコミュニケーションを図っていたことを思い出す。これは1966年にCIAの元尋問官でポリグラフ(嘘発見器)の第一人者とされていたクリーヴ・バクスターが、自室のドラセナにポリグラフを繋いでみたところ、まるで植物が思考や感情があるように反応したことに端を発した、疑似科学的なムーブメントをモチーフにした話だが、植物や動物や菌類の言語や思考は、遥か昔から常に人々の興味を惹いてきた。

きのこたち菌類は運動性が無く構造が単純であることもあり植物だと考えられることが多かったが、研究が深まるにつれ細胞構造や分子遺伝学的情報から、植物とは異なる独自の生物群であると広く知られるようになった。更に近年、植物よりも動物に近いことが分かっている。五界説では、植物界、動物界などと並ぶ菌界という大きな分類に分けられる。

真菌が電気信号を発するということはよく知られており、真菌を用いたバイオウェアラブルデバイスの実験では、きのこが誘引や忌避などの刺激に対して、電気的応答を見せることが実証されている。今回の論文では、そのきのこの電気的応答に更に着目し、きのこが持つ言語的コミュニケーションの可能性まで思いを巡らせる。

きのこも「言語」を持ち「方言」を話す


アダマツキー教授は、日本でもよく知られるエノキタケ、スエヒロタケ、サナギタケ、オーストラリアなどで見られる夜間に発光するゴーストきのこ(Omphalotus nidiformis)の4種類を使用し、それぞれに電極を挿入して電気信号の振動を記録した。スパイク状の電気信号活動は振幅0.003〜2.1mVで、どのきのこにも確認できた。また4種それぞれのスパイクには特性があることが分かった。

私たちの人間の脳は、ニューロンという神経細胞で結びついたネットワークで構成され、ニューロンに走る電気信号によって思考や記憶などを行っているが、きのこには神経細胞がないにもかかわらず、人間の中枢神経で確認されたものと同じ電気活動が起こっていることが分かっている。

今回観測された電気信号のスパイクのまとまりを、教授は「単語でできた文」と見立て、電気信号のシークエンスが「言語」だと想定した場合の「単語」の文字数を分析した。英語の平均母音持続時間を300mm秒とすると、4種のきのこの平均的単語数は5.97文字であり、これは英語が4.8文字、ロシア語で6文字とされる人間の言語の平均的単語数と同じということが解明された。

スパイクを更に観測すると「単語数」は最大で50語であり、そのうち15〜20語の単語が頻繁に使用されていること、また最大で10文字の単語で構成され、長い単語の出現頻度は低いことも分かった。これは人間も長い単語はあまり使用せず、短い常用的単語を多用することを思い起こさせる。

またきのこの「言語構文」のアルゴリズムの複雑性を調べたところ、4種のきのこそれぞれで複雑性が大きく異なり、まるで人間の「方言」のようなものが存在することが示唆された。アダムツキー教授の2021年の論文では、きのこの「言語」の複雑性は、人間のヨーロッパ言語をも越えるとしている。今回の「単語」の解明が、将来的にきのこの「文法」の解釈に繋がると捉えることもできるのではないだろうか。何とも夢物語のような、しかし非常に興味深い研究である。

チャールズ・ダーウィンの祖父が夢見た“考える植物”たち


ここで、植物や菌類、昆虫のコミュニケーション研究の歴史に少しふれたい。

植物の言語や思考可能性について思索した最初の人物は、18世紀の博物学者エラズマス・ダーウィンだろう。進化論で著名なチャールズ・ダーウィンの祖父であるエラスムスは、植物は生き物であると主張し、植物の感覚や動き、精神的アクティビティなどに興味を抱き、人類と植物の連続性にロマンティックな憧憬を抱いた。 特に分類学者、カール・フォン・リンネが植物を雄雌に分け、「夫」や「妻」などと呼称して性別の分類を用いたことは、エラズマスに大きな影響を与え、リンネ的性別解釈を用いて植物を擬人化して書いた詩的物語「植物の園」や、近代科学で解明された多くの説を先に予想した「ズーノミア」など、興味深い書籍を多数残した。

チャールズ・ダーウィンの名は世に轟いているが、エラズマスの近代科学への影響はチャールズにある意味で劣らぬ。ニュートンすら、「唯一者」という万物の主を想定し、それが万有引力の原因であると説明していた時代に、エラズマスはそれまで人類が囚われていた神学的価値観を脱却してみせた。

掘削現場から見つかった、その時代のいずれの動物にも分類不可能な不思議な生物たちの化石から着想を得て、「進化(evolution)」という言葉でそれらに言及した。最初はその分類不可能な種を「パタゴニアの牛だろう」などと冗談めかしていたエラズマスだが、その直後馬車の事故に合い、療養中に思索を深めたのは有名な逸話である。

エラズマスの思想は詩的であり実験に裏付けられておらず、チャールズが再定義した”進化”とはやや異なるが、その後もキリスト教世界からの糾弾を恐れながらも、自らの思索を分かりやすく詩や物語に仕立て出版し続けたことは、今日の科学の社会的礎になったとも言えるだろう。

その後2世紀を経て、植物の神経生物学、哲学的ポストヒューマニズム、エコクリティシズムなどの多様な分野で、植物が活動的生物であるとの理解が再燃したことは記憶に新しい。

1960年代になると、ドイツの動物学者、カール・フォン・フリッシュによってミツバチのダンスに言語的役割があると仮説された。ダンスは種類、回転数、角度によって非常に詳しく餌からの距離を仲間に伝えている。この実験結果は、驚異的柔軟さを持つミツバチ間のコミュニケーションを我々に知らしめた。フリッシュはこの功績により1973年のノーベル医学生理学賞を受賞している。

きのこたち真菌に良く似た生物である粘菌に「五感」や「記憶」の働きがあることは兼ねてから注目されている。粘菌はアメーバ様の単細胞生物で、植物でも動物でも菌類でもない非常に曖昧な存在である。伸縮自在に動く様はまるで人間の血管のようで神秘的である。

2009年、北海道大学の中垣俊之准教授のグループの研究によると、日本の関東の大規模都市の位置関係を模して餌を配置したところ、粘菌であるモジホコリが非常に効率のよい餌の輸送経路を形成したことがわかった。モジホコリが形成した輸送経路は、人間によって最短距離を最も効率良く結ぶように設計された首都圏のJR路線図と相似しており、粘菌の「合理性」というインテリジェンスをより身近に感じることとなった。

バクスターに端を発した疑似科学的な文脈では、植物とのコミュニケーションを探るムーブメントが再燃しており、植物の”歌”が聞けるという「MIDI Sprout」と「Plant Wave」というデバイスが開発されている。このやや瞑想のようなアイデアは、厳しい現代社会に癒しを求める人々に瑞々しいインスピレーションを与え、何とも幻想的な音色で楽しませてくれる。

鳥に懇願する聖フランチェスコと人類の孤独


2022年、地球外生命体に向けて、人類のDNA構造や地球の地図、太陽系の位置情報などを詰め込んだメッセージがNASAによって用意された。カール・セーガンらが作成したアレシボ・メッセージが宇宙に向けて送信されて50年以上が経った今、人類の再チャレンジとも言えよう。

なぜ人は、コミュニケーションを取ることが難しい存在ほど、その思考や言語、コミュニケーション方法の探求に没頭し、知性の可能性に希望を託すのだろう。それは、人類が、自身以外に言語的交流を持つ種が確認できていないという、ある種の孤独さゆえかもしれない。

鳥に説教をする逸話で有名なアッシジの聖フランチェスコは、聖ボナヴェントラ著の「大伝記」によると、鳥たちの知性を真剣に信じ、「solicitously urged them to listen to the word of God (神の言葉に耳を傾けるように彼らに懇願した)」と記されている。

人間的解釈の「知性」や「言語」に、きのこや植物の電気的シグナルを当てはめるのはいささか人間主体にバイアスドされた考え方になる。ただ聖フランチェスコやエラズマスのように、その可能性に思いを馳せるのはまた、人間のロマンであり、夢なのではないだろうか。

参考文献

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Adamatzky, A. (2018). On spiking behaviour of oyster fungi Pleurotus djamor: Sci. Rep.
Adamatzky, A, Nikolaidou A, Gandia A, Chiolerio A, Dehshibi MM. (2021). Reactive fungal wearable: Biosystems 199.
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Alexander,G.V. Yuri B. (2020). ShtesselUnderground electrotonic signal transmission between plants.
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Jack Wintz,OFM. Franciscan Media
https://www.franciscanmedia.org/franciscan-spirit-blog/st-francis-and-the-birds
The Botanic Universe: Generative Nature and Erasmus Darwin’s Cosmic Transformism
J.P. Daly.
https://arcade.stanford.edu/rofl/botanic-universe-generative-nature-and-erasmus-darwins-cosmic-transformism
粘菌に「知性」はあるか――。
単細胞生物に「人間らしさ」の起源を探る、孤高の研究
北海道大学電子科学研究所 中垣俊之:http://shochou-kaigi.org/interview/interview_25/
Jiang,J.H. Li,H. Chong,M. Jin,Q. Rosen,P.E. Jiang,X. Fahy,K.A. Taylor,S.F. Kong,Z. Hah,J. Zhu,Z.H. (2022). A Beacon in the Galaxy: Updated Arecibo Message for Potential FAST and SETI Projects
The Loves of the Plants
Carl Linnaeus classified plants according to their reproductive parts, endowing them as well with sex lives reflecting 18th-century values and controversies
Londa Schiebinger. Scientific American
https://www.scientificamerican.com/article/the-loves-of-the-plants/
PlantWave Official page
https://www.plantwave.com

WRITING BY

伊藤 甘露

ライター

人間、哲学、宗教、文化人類学、芸術、自然科学を探索する者