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BUSINESS

消費者への福音か凶報か?AIによるダイナミックプライシングの現状

Woman shopping in a supermarket looking at the screen of the phone her shopping list. High quality 4k footage

アメリカでAIべースのダイナミックプライシングが小売の現場でプレゼンスを高めている。商品の需給バランスや競合店の価格、在庫状況などをもとにAIがリアルタイムで「最適販売価格」を算出するダイナミックプライシングは、従来の固定プライシングよりも多くの販売機会と売上を小売店にもたらすツールとして注目を集めている。

一方で、ダイナミックプライシングは価格つり上げスキームに過ぎず、消費者の利益に反するという声も上がっている。アメリカの小売業におけるダイナミックプライシングの現状についてお伝えする。

小売の現場でプレゼンス高めるダイナミックプライシング

Large group of raw food for a well balanced diet. Includes carbohydrates, proteins and dietary fiber

アメリカの小売りの現場でダイナミックプライシングの導入が進んでいる。大手スーパーマーケットチェーンのウォルマートやクローガーを始め、Amazonの実店舗Amazonフレッシュなどでも導入が進み、稼働店舗数を増やしている。市場調査会社グランドビュー・リサーチは、2024年時点で18.5億ドル(約2867億円)規模だったアメリカのダイナミックプライシング市場が、2033年までに75.4億ドル(約1兆1687億円)に拡大すると予想している。

それを裏付けるように、ウォルマートは今年2026年内に新たに2300の店舗でダイナミックプライシングの導入を進めると表明している。アメリカの小売業においては、スーパーマーケットやドラッグストアなどを中心にダイナミックプライシングの導入が猛スピードで進むと予想されている。

ダイナミックプライシングの基本的な仕組み

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ダイナミックプライシングの基本的な仕組みはいたってシンプルだ。ダイナミックプライシング(Dynamic pricing)とは、価格を固定せずに需給バランスなどに合わせて動的に設定する一連の仕組み。例えば、これまでの多くのスーパーマーケットなどでは価格は一定期間固定的に設定され、リアルタイムで変動することはなかった。過剰在庫や売れ残りなどが生じた際には、店の判断で価格を下げて「特売」などとして売り出すことはあったが、状況に合わせて瞬時に価格を変動させることはなかった。

しかし、近年導入が進んでいるダイナミックプライシングは、AIが各商品の売れ行きや需給バランス、競合店の価格や在庫状況などをもとに「最適価格」を瞬時に算出する。各商品のプライスタグがデジタルスクリーンに表示され、株価や為替相場のように逐次変動。スーパーマーケットでの買い物体験を、株式市場での株の買い付けのようなスタイルへと変貌させる革新的な仕組みだ。

「販売価格の最適化」を実現するダイナミックプライシング

そんなダイナミックプライシングのメリットだが、ダイナミックプライシングを導入する小売り側の最大のメリットは販売価格の最適化を実現し、売上と利益の増加をもたらす点だろう。従来の固定式の値付け方法では、例えば消費者のニーズがある瞬間に急増した場合などに対応ができない。需給バランスの変化に合わせて価格を適正に上げられないと相応の売上と利益を逸失する。
しかしダイナミックプライシングであれば、例えば消費者の間で集団ショッピングスプリー(Shopping Spree、 爆買い)が生じた場合などにリアルタイムで価格を調整することが可能だ。
また、商品在庫の適正化を実現できるのもダイナミックプライシングのメリットだ。ダイナミックプライシングでは商品の需給バランスに加えて、当該商品の在庫状況も加味して値付けを行う。在庫が不必要に多かったり、廃棄などのリスクが生じれば価格を下げるなどの処置をとる。

スーパーマーケットの場合、特に生鮮食料品は廃棄リスクが高く、これまでの現場でも廃棄ロスをいかに減らすかが一般的な課題であった。ダイナミックプライシングの導入により、在庫を理想的な水準にキープすることが可能になる。

さらに、販売商品の回転率向上が期待できるのもメリットだ。ダイナミックプライシングによる商品在庫の適正化はダイレクトに商品の回転率向上につながる。回転率の向上は買い物客に新鮮なショッピング体験を提供し、リピート来店を促す。「あの店は常に新しいもの、新鮮なもので溢れている」というカスタマーエクスペリエンスは、ライバル店のお客を誘引する強力なドライバーとして機能するだろう。

ダイナミックプライシングは「消費者にとってデメリットになる」という声も

Man shopping in supermarket, reading product information

一方、ダイナミックプライシングにはデメリットもある。小売り側にとっての最大のデメリットは、ダイナミックプライシングは導入にコストがかかることだ。ダイナミックプライシングの導入コストは、導入する目的や規模などにより千差万別だが、一般的には単なるPOSシステムの導入などよりも高額のコストがかかるのは間違いないだろう。

AIベースのダイナミックプライシングシステムでは、ベースとなるAIの利用コスト、学習・集計用データのハウジングコスト、デジタルプライスタグシステムの設置費用などの相応のコストが必要になる。また、導入後にもシステムを管理するスタッフの採用コストや教育コスト、システムの運営やメンテナンスコストなども必要になる。資金的に余裕がある大手スーパーマーケットチェーンならともかく、ママパパストア(Mom-Pop store)と呼ばれる小規模な小売店などでは導入のハードルは相応に高いだろう。

また、ダイナミックプライシングの導入が一般の消費者にとってデメリットになるとする声も根強い。アメリカ民主党の大物政治家、エリザベス・ウォレン上院議員は、2024年に大手スーパーマーケットチェーン・クローガーのロドニー・マクミューレンCEOに宛てた手紙で、ダイナミックプライシングの導入について以下のような懸念を表明している。

「デジタルプライスタグのような新しいテクノロジーが、クローガーなどのスーパーマーケットチェーンにおいてダイナミックプライシング導入の機運を高めています。しかし、ダイナミックプライシングとは、食料品などの生活必需品の価格を時間帯や天候、あるいは近隣で開催されるイベントなどに応じてリアルタイムで変動させる仕組みだと聞いています。そうした仕組みは、小売側に意図的な価格つり上げを行う余地や、利益を最大化する仕組みを提供するものではないでしょうか」

マクミューレンCEOは、直ちに否定する文書を返送したそうだが、「ダイナミックプライシングは価格つり上げのツールである」とする認識は、一部の消費者において根強く残っているようだ。

ダイナミックプライシングの普及は大手企業が鍵を握る

今日導入が進むダイナミックプライシングは、諸説あるが、イギリスの国営航空会社BOACが1970年代に始めた航空券の事前割引制度に端を発するとされる 。航空会社が空席在庫を減らして売上を確保するために、一定期間前に座席を購入してくれた人に割引価格を提供したのが始まりとされていて、ダイナミックプライシングは当初航空会社の「変動価格」提供プラットフォームとして普及が進んだ。

ダイナミックプライシングはその後、ホテル業界、エンターテインメント業界、レンタカー業界などへ波及し、特にホテル業界などでは「需給バランスによって価格が変動するのは当たり前」という認識が消費者の間で一般化するまでに普及した。

小売業においては、古くからAmazonなどのネット通販業者がインターネットの普及と共に事業規模を拡大し、当初からデフォルトの仕組みとしてダイナミックプライシングを提供してきた。ネット通販業者がダイナミックプライシングを武器にリアルの小売店から客を奪い続けてきたのはご周知の通りだ。

その古くて新しいテクノロジーの波が、いよいよリアルの小売業界にも本格的に押し寄せてきた。ダイナミックプライシングは、市場経済システムを礎とする資本主義経済の下では必然の仕組みであり、マーケットが価格を決定する市場・業界において普及するのは当然の流れだ。小売業におけるダイナミックプライシングは大手企業を中心に今後どんどん普及が進み、新たなデファクトスタンダードとして定着することになるのは間違いないだろう。

参考文献

https://www.cnbc.com/2025/10/03/electronic-shelf-labels-are-taking-over-us-grocery-stores.html
https:// netwininfosolutions.com/ai-driven-dynamic-pricing-the-smart-way-to-optimize-retail-profitability/
https://www.bain.com/how-we-help/retailers-are-you-getting-the-full-value-of-your-dynamic-pricing-strategy/
https://smbiz.asahi.com/article/14586276

WRITING BY

前田 健二

経営コンサルタント・ライター

事業再生・アメリカ市場進出のコンサルティングを提供する一方、経済・ビジネス関連のライターとして活動している。特にアメリカのビジネス事情に詳しい。

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