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ザッカーバーグが自社AIプラットフォームをオープンソース化するワケ
目次
メタのマーク・ザッカーバーグCEOが、同社が開発中のAIプラットフォーム「Llama」をオープンソース化するというブログ記事を投稿して注目を集めている。現在世界中で進行中のAI開発競争をかつての「Unix対Linux」の対立に例え、AIプラットフォームをオープンソースで開発する方のメリットが大きいと主張、関係者にインパクトを与えている。ザッカーバーグ氏がAIプラットフォーム開発をオープンソース化する理由は何か、最新情報をお伝えする。
メタのザッカーバーグCEOが投稿したブログ記事
アメリカ現地時間の2024年7月23日、メタのマーク・ザッカーバーグCEOが自身のブログにある記事を投稿した。コンピューティングの歴史、とりわけUnixの歴史を簡潔にまとめて綴った序文から始まるその記事は、簡潔でわかりやすい文体とは裏腹に、ザッカーバーグ氏の重大な意思表明を伝える内容となっていた。
ザッカーバーグ氏によると、現在世界中で進行しているAIプラットフォーム開発競争は、基本的にはUnixの歴史においてLinuxが辿った道と同じ道を進むべきであり、メタが開発中の「Llama(ラマ)」の開発についても、オープンソースベースで行うべきだと言うのである。
Large Language Model Meta AIの略語であるメタのLlamaは、OepnAIの「GPT-4o」やGoogleの「Gemini」、あるいはマイクロソフトの「Copilot」と直接競合する、メタが威信をかけて開発中のAIプラットフォームだ。いずれのプレーヤーも「クローズド」のプラットフォームとして開発にしのぎを削っているが、それを突如「オープンソース」にすべきだと言い出したのだ。
現在のAIプラットフォーム開発競争は「過去のUnix対Linux競争」と同じ
ザッカーバーグ氏の主張は明快だ。現在進行中のAIプラットフォーム開発競争は「過去のUnix対Linux競争」と同じであり、「クローズド」の原則を維持してきた各種の商用Unixが、後に登場した「オープンソース」のUnixライクOSであるLinuxにシェアを大きく奪われたように、AIプラットフォーム開発においても「オープンソース」が競争を有利に展開すると断言しているのだ。
ところで、「Unix対Linux」の対立構造を構成している要素は何だろうか。その最大のものが言うまでもなく「ディストリビューションモデルの違い」だ。例えば、代表的な「クローズド」の商用Unix としてはIBMのAIX、ヒューレットパッカードのHP-UX、オラクルのSolarisなどが挙げられるが、いずれも利用するにはライセンス使用契約に基づき、一定のライセンス料を支払う必要がある。
一方、Linuxは「オープンソースソフトウェア」(OSS)なので、商用Unixのようなライセンス料を支払う必要がなく、かつ、ソースコードへ自由にアクセスでき、改良なども自由に行える。一般的な商用Unixが各企業の「私有財産」だとすれば、Linuxはコミュニティメンバーのための「共有財産」だと言っていいだろう。そしてザッカーバーグ氏は、現在開発中の「Llama」をLinuxのように完全にオープンソース化し、「エコシステム全体のための共有財産」にしようと提案しているのだ。
「Llama」をオープンソース化する理由
ところで、ザッカーバーグ氏はなぜ「Llama」をオープンソース化しようとしているのだろうか。ザッカーバーグ氏はその理由について、ブログで次の様に説明している。
「メタのビジネスモデルは、人々にベストな経験とサービスを提供することです。そのためには、私たちは常に最高のテクノロジーへのアクセスを確保する必要があります。そのためには、競合企業のクローズドなエコシステムに、彼らがいつでもアクセスを制限できるようなエコシステムに依存すべきではありません」
そして、過去の自ら競合企業のクローズドなエコシステムを利用した経験にも触れて、次のように語っている。
「私は以前、Appleのプラットフォーム上にある新たなサービスを構築しようとしたことがあります。開発者に対する複雑な課金システム、独断的な運用ルール、各種のイノベーションに対する規制等々、もっと自由な活動ができる環境で開発した方がより良いサービスが構築できたことは明白でした。それゆえ、自分の哲学や信条的なレベルにおいて特に、AIやAR、またはVRといった次世代のコンピューティングテクノロジーは、オープンなエコシステムの下で開発すべきであると痛感しているのです」
さらに、「Llama」をオープンソース化することによってメタが技術的な優位性を喪失するリスクについては、次のように語っている。
「長期的には、クローズドなエコシステムに囚われないでベストなテクノロジーへのアクセスを提供することで、Llamaは完全なエコシステムを実現し、作業の効率化や他のテクノロジーと融合することなどを可能にさせます。もしメタがLlamaを使う唯一の企業であったとしたら、そうしたエコシステムは実現せず、過去に存在したクローズドな商用Unixと同じ運命を辿ることになるでしょう」
また、Llamaのビジネスモデルについても言及し、次のように説明している。
「メタのLlamaと他のクローズドのプラットフォームとの違いは、我々はAIプラットフォームへのアクセスを販売しているわけではない点です。つまり、Llamaをオープンソース化することで売上やサステナビリティ、研究開発投資などが影響を受けることはまったくないのです。クローズドなプラットフォームのプロバイダーはオープンソースソフトウェアを規制するように政治家にロビーイングしていますが、それは彼らがプラットフォームへのアクセスを売上げの源泉にしているのが理由です。何よりも、メタはこれまでにPyTorch(*1)やReact(:2)といったオープンソースプロジェクトを成功させてきた長い歴史を有しているのです。そして、そうしたオープンソースプロジェクトの多くが成功し、結果的に我々に多くの利益をもたらしているのです」
*1:PyTorchは、2016年からメタが開発を主導しているマシンラーニングライブラリ。主にコンピュータービジョンやNLP(自然言語処理)アプリケーションなどに利用されている。
*2:Reactは、2013年からメタが開発を主導しているオープンソースのフロントエンドJavaスクリプトで、各種のユーザーインターフェースの開発などに利用されている。
「オープンソースAI」は「AI時代のLinux」となるか?
ところで、AIプラットフォームをオープンソース化する動きは、メタ以外でもすでに各所で展開されている。ソースコード共有プラットフォームのGitHUBには、現在までに世界中から多くのAIプラットフォーム開発関連プロジェクトが参加し、大きな盛り上がりを見せている。
GitHUBにはAIやマシンラーニングのフレームワークといった基礎的なアプリケーションに加えて、モデルトレーニング、ファインチューニング、シミュレーションといった応用アプリケーションや、ウェアラブルデバイスやAI搭載ロボットなどのデバイス関連のAIアプリケーション開発プロジェクトなども多数参加、ソースコードが共有されている。
筆者は、今から30年前の1990年代に、Linuxが誕生して瞬く間に世界中のディベロッパーを中心に爆発的に利用を広げ、特にWebサーバーなどの領域で各種の商用Unixを駆逐、シェアを獲得していった歴史を実際に目撃している。
Linux出現当時は、「フィンランドのコンピューターオタクが開発した無料の、得体の知れないUnixライクOS」であるとしか認識していなかったが、それが今日までに世界的なデジタルインフラのひとつになるとは夢にも思わなかった。
現在世界中で展開中のオープンソースAI開発競争は、さながら当時のLinux狂騒劇の幕開けに見せたのと同じ勢いか、もしかするとそれ以上の盛り上がりを見せているように思えてならない。
Llamaの新たなバージョンをリリースし、「より多くの開発者とパートナーにエコシステムへの参加を促す」と、自身のブログを結んでいるザッカーバーグ氏には、オープンソースのAIエコシステムが新時代の標準モデルとなり、「AI時代のLinux」となる未来像がはっきりと見えているのは間違いないだろう。
参考文献
https://about.fb.com/news/2024/07/open-source-ai-is-the-path-forward/
https://www.weforum.org/agenda/2023/12/ai-regulation-open-source/
https://www.forbes.com/councils/forbesbusinesscouncil/2024/03/08/the-rise-of-open-artificial-intelligence-open-source-best-practices/
https://github.blog/news-insights/company-news/2024-github-accelerator-meet-the-11-projects-shaping-open-source-ai/
前田 健二
経営コンサルタント・ライター
事業再生・アメリカ市場進出のコンサルティングを提供する一方、経済・ビジネス関連のライターとして活動している。特にアメリカのビジネス事情に詳しい。