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BUSINESS

神とヒトを泊めもてなす ー宿泊とホテルの人類史-

時代を経て変化するホテルの役割

かつて、プリミティブな世界では、どこからかやってきた異人たちを自宅に泊めてもてなした。

新約聖書でもキリストはゆく先々で人々から自宅に泊まるようにともてなされるし、仏陀は自宅へと招いてくれた貧しい家族が懸命に集めてきたきのこで作った鍋でもてなされ、それが原因で涅槃に入ることになったのは有名な逸話である。

ただし、小津安二郎が活写した『東京物語』の中の、近代化しつつある戦後日本では、もはや主人公の上京した老夫婦は東京の人々にはもてなされない。それもそのはず、異人歓待の機能は、ホテル・宿へと形を変えて、商業へと発展してきたからである。

今やホテルは、旅先という異世界の拡張先であり、数日間の夢のような、非日常を演出する場所とも言える。

現代はホテル業界へのAI導入など、さらなる業態の進化も目覚ましい。今こそ、人が旅をして”泊まる”ということと、ホテルの歴史を振り返り、主に横浜商科大学大野正人教授による、宿泊行為の普遍性とホテルの発展の詳細な情報をもたらす優れた論文「古代から近世における宿泊施設と宿泊業の発達過程の研究」を読み解き要約しながら、これからのホテルの姿を考えてみよう。

そこに異人現るるば、泊めおくべし

大野氏によれば、「未開社会では旅人、すなわち異邦人を無償で自宅に泊めてもてなす行為はどの社会でも普遍的に行われており、その宿主は多くの場合、社会集団の有力者であった」と指摘されている。

ホメロスの「オデュッセイア」でも、難破して流れ着いた海辺で助けられたオデュッセウスは、当地の王アルキノオスの元へ案内されている。

目的は異人の身元の照会や監視、財力の誇示、敵か味方か外部集団の情報を収集しながら見分け、外交や交易の手段としても使うこと、そして異邦人は神の代理であるという考え方もあった。しかし個々の集団が発達し、外部社会との接続がより頻繁になると旅人も増え、友人が来たら泊めるというような信頼関係に基づいた宿泊歓待の文化に変化し、そののちに一定の社会的ルールに沿って自宅を宿ととして提供する民泊のスタイルが生まれ、最終的に専門宿泊施設を用意して対価を得る有償行為である「宿泊業」へと発展していったという。

都市と交易路が発展すると人々は行き交い、貨幣経済が発展すればより長く滞在するようになる。古代メソポタミアや古代ギリシャでは身分証を有力者が発行し、この証書を持った者を相互の土地で歓待する行為が行われていた。古代ギリシャやローマ帝国では、居酒屋の酒と食事にプラスして女性の接待が行われ、それに宿泊所が不随するスタイルが生まれた。宿泊業の起原である。

ローマではそうした宿はタベルナ(tabernae)などと呼ばれており、英語のタバーン(tavern)の語源になっている。ただし売春や賭博が横行し、ハンムラビ法典やローマ法には犯罪者が宿泊した場合の報告が義務付けられており、私営の宿泊業の地位の低さと治安の悪さが示されている。さながら、『スター・ウォーズ』にでてくるならず者たちの集う酒場”カンティーナ”である。

善きサマリア人のたとえ

旅の道中のイエス、マリア、ヨセフ

ローマ帝国では有力者たちの間で観光活動がさかんに行われており、皇帝カエサルは温泉開発も行っている。ドイツのバーデンバーデンやイギリスのバースはこのような所以を持っており、温泉療養施設などが現代のリゾートの起原になっている。

外交の重要度が増してくると、中世の西欧では国家が運営する迎賓館や、地方有力者を宿主とする宿駅を街道に設けた。大野氏は、カンティーナのような街道沿いの安宿と、迎賓館のようなリゾートタイプの宿は、現代まで棲み分けながら共存してきたと指摘している。

789年にカール大帝がキリスト教精神を基に巡礼者などを宿泊させる宗教宿を再建し、14、15世紀には寄宿舎のようなスタイルに発展していった。宗教宿は新約聖書の「よきサマリア人のたとえ」に代表されるような隣人愛を基礎とした慈善や救済の意味合いが強く、それまでただ客人を泊めるだけだった宿泊という要素に、”もてなし”というエッセンスを加え、サービス業に発展させる役割を担った。

そうした施設はホスピターレ(hospitale)と呼ばれ、そのままもてなしの意であるホスピタリティやホスピタル、そしてホテルの語源となった。

ちなみに新約聖書ルカ福音書10-34では「良きサマリヤ人が傷ついた旅人をパンドケイオンに連れて行った」と書かれているが、パンドケイオンもギリシャ語で宿屋を意味していると大野氏は説明している。

日本にも宗教宿は登場しており、奈良時代には納税や徴用のために旅を強要されていた農民たちが行き倒れる事案が多く、741年に布施屋という仏教の貧民用無償歓待施設ができた。平安時代には高野山や熊野詣でが流行し、寺の修行所が宿坊として解放されるようになった。

16世紀に入ると西欧では商業経済が発展し、中間所得層が増加したことにより、街道を行き交う人も著しく増大した。街道筋には私営の宿屋が次々と生まれ、中世の宗教宿が果たしていた巡礼宿の役割に替わっていった。

革命とギロチン

ボールゲストたちの到着

貴族たちは有償歓待が一般化した後も、友人などを自分の城に招待してもてなす無償歓待を続けていた。沢山の客間を持ち、応接室やボールルームを備え、専属料理人や給仕係など大人数を城内に雇用するようになっていた。これはまさしく現在のホテルの原型であり、ホテルが”非日常の優雅な場”であることの由来であると大野氏は指摘している。無償歓待の様子はジェーン・オースティンの小説『センス・アンド・センシビリティー』などの親戚貴族の城を訪問する場面などでその様子を確認できる。

16世紀頃から飲食業が多様化し、17世紀には宿だけではなくコーヒーを提供する店やレストランが登場した。

フランス革命が起きると、パリのレストランは50軒以下から一気に3000軒以上に増えた。数多くの貴族専属料理人が職を失い、レストランを経営するようになった為である。現代までホテルで提供される料理が主にフランス式になったのは、フランス革命による貴族粛清が原因だったとは、皮肉な話である。これら新業態は、そのままホテルのラウンジとレストラン機能の基礎になっていった。

近世に入ると貴族が都市に保有する邸宅が「ホテル」と呼ばれるようになり、19世紀に登場した貴族の社交宿泊や相互訪問の文化が高級宿泊施設の基礎となり、そのまま「ホテル」という名が商用に使われるようになった。泊まるという文化が、様々な発展を経てついに我々のよく知るホテルになったのである。

異人歓待はAIとロボットで

大野は、宿泊業は生産量を把握することが困難なサービス業であるため、古代の施政者は宿屋などに関税や酒税を課して徴収していたと説明している。

「領民ではなく旅行者(外国人)からの徴税であれば領民の忠誠心に影響が少ないことがその理由であり、主に流通経路に立地する交易宿に対して行われていた」

現代日本でも観光立国とインバウンドを模索する政府の思惑は、こうした国民感情に影響の無い徴税法を追求することであり、ホテルが持つ最高級のもてなしによって現代の異邦人たちが満足して課金し宿泊してゆくことで、それは非常にwin-winでポジティブな課税のようにも思える。

現代のホテルでは、インバウンド顧客へのよりボーダレスなホスピタリティの追求の末に、AIやロボットを活用する動きが生まれている。

最近日本では、エイチ・アイ・エスグループの「変なホテル」がAIを搭載したロボットにチェックイン業務を任せている。顧客のチェックイン時間はバラバラで対応は24時間行われる必要があるため、無人化することで人員削減かつ労働環境の改善に繋がり、かつそれを演出として利用して強みにしている。

東急不動産グループの東急リゾーツ&ステイ株式会社はAIを用いたシフト作成の実証実験を開始している。ホテルや別荘地、ゴルフ場の運営などに2700名にのぼる従業員を抱えており、スキルや希望に合わせたシフト作成は複雑でこれまで大変な負担になっていたが、AIによる最適化により、急な欠勤や法律要件への対応、夜勤や閑散期の調整なども自動化できるようになった。

小田急の小田急ホテルセンチュリーサザンタワーは、多言語チャットボットを搭載したITサービスを全室へ導入している。スタッフでは対応しきれない多言語での顧客への対応と、これまでは24時間体制だった電話対応を削減し、おもてなしを更にボーダーレスなものにしながら、顧客、従業員双方が、より快適な環境を得られるような変化を見せている。

これから更にテクノロジーによる言語のボーダーレス化が発達し、国際化が過去類をみないほど進めば、当然観光産業への需要が広がり、ホテルの業態が更なる形へと進化していくのは必然なのかもしれない。

この世は美しい、そして人生は甘美である

「大パリニルヴァーナ経」には、仏陀が病におかされながらも弟子たちと最後の旅をする様子が記されている。サンスクリット版では、旅先の美しさ楽しさを噛み締めるように弟子のアーナンダに語りながら、最後にこのような言葉を残している。

「世の中は美しい。人の命は甘美である」

仏陀が人生は苦であると知りながら、それでも一生という旅の終わりには、”楽しかった”、と呟いたとしたら、それは彼が旅した様々な人生の場面の中に、共にした弟子たち、出会った人々、仏陀を無償で泊めもてなした人々の優しさや、その土地が想い描かれていたからに違いない。

ヒトは生きている限り、別の土地への憧憬を抱き、または必要にかられ移動する生物だとすれば、その名も知らぬ道程や、思い描いた旅先で寝食を求める宿泊行為の普遍性に気付かされる。

人類が移動する限り宿が存在し続けるとしたら、未来のホテルはいったいどんな姿になっているだろうか。

どんなにカタチが変わっても、古代から変わらない、”人がひとをもてなす”という心は、そこに在り続けて欲しいと願っている。

参考資料

大野正人著「古代から近世における宿泊施設と宿泊業の発達過程の研究
A Study of the Development of Lodging Facilities and the Lodging Industry from antiquity to theearly modern Period」商大論集、2020年
ウラ・ハイゼ著「亭主ー酒場と旅館の文化ー」白水社、1996年
常本常一著「日本の宿」八坂書房、2006年
H・C・パイヤー著「異人歓待の歴史―中世ヨーロッパにおける客人厚遇、居酒屋そして宿屋」ハーベスト社、1997年
中村元著「中村元選集 〈第12巻〉 ゴ-タマ・ブッダ 2 (決定版)」春秋社 、1992年
中村元訳「ブッダ最後の旅: 大パリニッバーナ経 」岩波文庫、1980年
「ロボットが非対面でチェックイン」、変なホテル公式HP
https://www.hennnahotel.com/special/goto2020/
『AI スピーカーとチャットボットを活用した
IT サービスを全客室(375 室)に導入!』、小田急ホテルセンチュリーサザンタワープレスリリース
https://www.odakyu.jp/news/o5oaa1000001f3mi-att/o5oaa1000001f3mp.pdf
「東急不動産グループの東急リゾーツ&ステイと名古屋大発AIベンチャーのトライエッティングが「組合せ最適化」のアルゴリズムを活用して複雑なシフト作成自動化の実証実験を開始」、TRYETING公式HP:https://www.tryeting.jp/topics/406/

WRITING BY

伊藤 甘露

ライター

人間、哲学、宗教、文化人類学、芸術、自然科学を探索する者