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アメリカを揺るがす「オフィス不動産アポカリプス」のリアル

アメリカを揺るがす「オフィス不動産アポカリプス」のリアル

ニューヨーク、ロサンゼルス、サンフランシスコといった、アメリカを代表する主要都市で「オフィス不動産アポカリプス」が進行している。オフィス不動産アポカリプスの進行によりオフィス不動産市場が崩壊し、消費支出や税収の減少から地域ビジネスとコミュニティ全体の破綻を危惧する声も上がっている。オフィス不動産アポカリプスとは何か、それに対する各都市の挑戦などを含めて実情をお伝えする。

オフィス不動産アポカリプスとは?

オフィス不動産アポカリプス(Office Real Estate Apocalyps)とは、ニューヨーク大学大学院客員教授のアーピット・グプタ氏らがまとめたワーキングペーパー「在宅勤務とオフィス不動産アポカリプス」(Work from Home and the Office Real Estate Apocalyps)で使われた、現在のアメリカのオフィス不動産市場が直面している「終末的様相」を表す言葉だ。

なお、アポカリプスとは、オックスフォード英語辞典によると、「新約聖書『ヨハネの黙示録』に記述された、完全かつ最終的な世界の破滅」と言う意味。ヨハネの黙示録が伝える、恐るべきこの世の終わりにアメリカのオフィス不動産市場は直面しているという。

グプタ教授らの調査によると、新型コロナウイルスのパンデミックによりアメリカの企業が従業員の在宅ワークへのシフトを進めた結果、オフィス不動産市場が39%も下落し、金額にして4530億ドル(約66兆1380億円)ものバリューが失われたという。実際にアメリカ主要都市の平均オフィス入居率は2022年2月の95%から、2022年9月の47%まで低下している。

グプタ教授らは、パンデミックによるロックダウン期間中、アメリカの企業は軒並み在宅ワークと、在宅ワークとオフィスワークを併用する「ハイブリッドワーク」を恒常化させてしまい、今後もそのスタイルを続けてゆくだろうと予想している。在宅ワークの定着に伴うオフィス入居率の低下は賃料収入を減少させ、オフィス不動産オーナーの収支を大きく悪化させる。

また、オフィス不動産オーナーが経営破綻すると資金を供給している金融機関のバランスシートにも悪影響を与える。オフィス不動産が一気に不良資産になってしまうという悪夢のようなシナリオが実現する可能性が生じているのだ。

地域ビジネスやコミュニティにも影響が

オフィス不動産アポカリプスの進行は、オフィス不動産オーナーや金融機関の経営に悪影響を与えるだけでなく、オフィス不動産が存在する地域のビジネスやコミュニティにも悪影響を与える。

日本と同様に、アメリカのオフィス街にも様々な地域ビジネスが存在する。レストランやカフェなどの飲食店、スーパーマーケットやコンビニエンスストアなどの小売店、クリーニング店、シューリペアショップ、書店、文房具店、ヘアサロン、クリニック等々、枚挙に暇がない。そうした地域ビジネスの多くが、売上をオフィスに勤務するオフィスワーカーの財布に依存している。そして、オフィス不動産アポカリプスの進行によりオフィスワーカーがオフィス街から姿を消し、地域ビジネスの経営を大きく悪化させている。

ロサンゼルスのダウンタウンのオフィス街で長らくシューリペアショップを営んできたジェームズ・シアーズさんによると、オフィス不動産アポカリプスの進行により、毎月の売上がコロナ前から85%も減少してしまったという。オフィスワーカーがオフィス街から姿を消したことの影響を受けているのは間違いないが、売上が低迷する中で経営を継続するかは「わからない」という。実際に、多くの地域ビジネスオーナーが同様に売上低迷に苦しみ、事業を廃止するケースも増えてきている。

オフィス不動産アポカリプスの進行により治安も悪化

オフィス不動産アポカリプスの進行は、各都市の治安も悪化させている。オフィス空室率が31.6%に達しているサンフランシスコでは、CRMプラットフォーム開発のセールスフォース・ドットコムなどの大手IT企業によるオフィス撤退が進み、特に中心部のダウンタウンのオフィス街の人口が大きく減少している。人口の減少は市外からのホームレス流入を呼び、サンフランシスコのダウンタウンはホームレスのテントで溢れる状態になってしまった。

ホームレスの増加は、麻薬取引などの犯罪を呼び、市内の各地でフェンタネルといった強力合成麻薬の路上売買が行われている。麻薬中毒患者は麻薬を買う金欲しさに窃盗や万引き、あるいは店舗の襲撃などを行い、治安悪化に拍車をかけている。

カリフォルニア州では、価格950ドル以下の物品の窃盗や万引きは軽犯罪として扱われるため、店が被害にあっても警察が来ることはない。サンフランシスコは、映画バットマンのゴッサムシティさながらの、悪が跋扈するカオスな街へと変わり果ててしまった。

オフィス不動産アポカリプスの恐ろしいところは、オフィス人口の減少がホームレスの流入を呼び、ホームレスの流入が麻薬取引の増加を呼び、麻薬取引の増加が治安の悪化を呼び、治安の悪化がオフィス人口をさらに減少させるという、恐るべき負の連鎖を生み出してしまうことだ。この負の連鎖が始まってしまったら、そこから抜け出すのは非常に困難になってしまうだろう。

オフィスを居住用マンションに転換する条例案も

サンフランシスコと同様に、高いオフィス空室率に苦しむニューヨークでは、空室のオフィスを居住用マンションへ転換する条例案が発表されて話題になっている。ニューヨーク
のエリック・アダム市長は会見で、ニューヨークの住宅不足問題を解決するため、市内の空室のオフィスを2万軒の居住用マンションに転換し、4万人のニューヨーク市民へ提供するという。そして、最終的には市内で50万軒の居住用マンションへの転換を目指すとしている。

ニューヨークは家賃が高いことで有名で、部屋数わずかひとつの「スタジオ」と呼ばれる小型ワンルームマンションの平均家賃が3495ドル(約51万円)もする。一方で、ニューヨークに住みたいという人は一定数存在し、ニューヨークの賃貸マンション市場は、慢性的に「貸手市場」となっている。仮にアダム市長が目標を達成した場合、ニューヨークの賃貸マンション市場にそれなりの影響を与える可能性があるだろう。

同様のアイデアは他の都市でも出されている。サンフランシスコでも同様に、空室のオフィスビルの居住用マンションへの転換と、将来的なマンション建設をサポートする条例案が発表されている。ロンドン・ブリード市長が発表した「ダウンタウンサンフランシスコの未来のためのロードマップ」によると、空室のオフィスビルを居住用マンションに転換することに加え、遊休不動産を活用してのショッピングモール、エンターテインメント施設、文化施設の建設や、教育施設や企業の研究開発施設などの誘致を目指すとしている。

オフィス不動産アポカリプスは、コロナのパンデミックにより突発的に始まった、アメリカのオフィス不動産市場のパラダイムシフトという一面を持っている。オフィス不動産市場が崩壊し、それをリカバリーするために都市部の居住スペースの供給増加を促すパラダイムシフトだ。

オフィス不動産アポカリプスの「次」には、都市部で多くの人が暮らす新しいタイプの都市型コミュニティの到来という未来が待っているかもしれない。その意味においては、オフィス不動産アポカリプスは決して「終末」などではなく、生まれ変わるための「転換期」であるとすべきなのかもしれない。

参考文献

https://www.nber.org/papers/w30526
https://www.oxfordreference.com/display/10.1093/oi/authority.20110803095418920
https://www.npr.org/2023/05/16/1174938708/commercial-real-estate-property-offices-work-from-home-remote-work
San Francisco: Office vacancy rates track crime hotspots:https://ustoday.news/san-francisco-office-vacancy-rates-track-crime-hotspots/
https://www.businessinsider.com/nyc-to-convert-empty-manhattan-office-buildings-into-20000-homes-2023-8
https://www.renthop.com/average-rent-in/new-york-ny
https://sf.gov/news/san-francisco-announces-new-initiative-spur-conversions-underutilized-office-buildings

WRITING BY

前田 健二

経営コンサルタント・ライター

事業再生・アメリカ市場進出のコンサルティングを提供する一方、経済・ビジネス関連のライターとして活動している。特にアメリカのビジネス事情に詳しい。