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SCIENCE

AIによってもたらされるのは脳の衰退か拡張か

Hand holding a paper sheet with human head icon broken into pieces over a crowded street background. Concept of memory loss and dementia disease. Alzheimer's losing brain and memory function.

「AIを使うと脳の活動が低下する可能性がある」

そんな衝撃的な研究が、2025年6月、MIT Media Labなどの研究チームによって公開された。
AIを使っている人は使わない人より脳の活動が下がっている、という実験結果は、AIを高速で推進実装する社会で大きな波紋を呼んだ。

AI効率化を目指すが、反対に毎日使用するたびに私たちは能力を失っている?

それが本当だとすれば、今や誰でもChatGPTなどAIを簡単に利用できる時代、人間の脳はどのように書き換わってしまうのか。

我々は、推論を行う際にAIをますます参照するようになっている。AIが日常的な思考の中に組み込まれていくなかで、人間の判断力はどのように変化するのだろうか。

そして本当にAIは私たちの脳を劣化させるだけなのだろうか。

ブレインロットに陥るな!

Brain Fog Brain Rot Mental Health concept drawn on yellow sticky note pinned on cork bulletin board.

MIT Media Labなどの研究チームは、2025年6月10日に「Your Brain on ChatGPT: Accumulation of Cognitive Debt when Using an AI Assistant for Essay Writing Task(脳とChatGPT:エッセー執筆タスクへのAIアシスタント使用時の認知負債の蓄積)」という研究内容を投稿した。

54人の被験者にエッセイを書いてもらい脳波を計測したところ、AIをエッセイに使用したグループは低い評価を受ける傾向が見られ、脳の活動も弱まっていたという。

参加者は、LLMグループ、検索エンジングループ、そしてツールを使用しないブレインオンリーグループの3グループに分けられ、それぞれ同一条件下で3回のセッションを実施した。またエッセイ執筆中の認知負荷を測定するために脳波を使用し、さらに自然言語処理による文章分析、および人間の教師とAI審査員による評価を行った。

各グループの脳波解析では、脳内ネットワーク接続性に有意な差異が確認されたという。

ブレインオンリーチームの人々は最も強く広範な脳内ネットワークを示し、検索エンジンチームは中程度の関与を示した一方、LLMチームは最も弱い接続性を示した。認知活動は外部ツールへの依存度が高まるにつれて低下する傾向がある、と言うことだ。LLMグループはエッセイの成績も全ての点でブレインオンリーグループを下回った。構成が画一的で、特に人間の教師からの評価は低かった。

第4セッションでは、LLMグループの参加者はブレインオンリー条件へ、ブレインオンリーグループの参加者はLLMグループへと再割り当てされたが、LLMからブレインオンリーに変更した人々は認知的関与の低下が示唆された。一方、ブレインオンリーからLLMに変更した人々では記憶再生能力の向上と、脳の領域の活性化が観察された。

すなわち、教育現場などに置き換えれば、まず自分の力でやってみて、適切なタイミングと使用方法でツールを与えることが、こどもへの教育に一番有効な形で寄与できる、ということだ。これは電卓が台頭した後の数学教育の道筋に似ている部分がある。

LLMは高い即応性と利便性を提供する一方で、認知機能への見えにくい負荷を伴う可能性も示された。実験ではLLM利用者は神経活動、言語運用、行動面のいずれにおいても、継続的に低い成績を示している。これらの知見は、教育現場におけるLLMへの依存が脳に与える長期的影響への懸念を浮き彫りにするとともに、学習におけるAI活用のあり方について、より慎重な検討が必要であることを示唆している。

企業では、従業員が様々なAIツールを駆使すればするほど、「AI脳疲れ(AI brain fry)」という状態におちいるということが新しく議論され始めている。

AIブレインフライとはボストン・コンサルティング・グループ(BCG)が広めた症状だ。複数のAIツールを使用している一部の労働者に見られるもので、思考力の低下、頭痛、意思決定の遅れといった異常が出るという。

しかし、AI脳疲れとは実際には何なのか。

人々はそれを「頭に霧がかかった感じ」や「頭の中がざわつく感じ」という言葉で表現している。AIツールとの集中的なやり取りを続けた後、頭がうまく働かなくなる、まるで“精神的な二日酔い”のような状態だ。

ハーバードビジネスレビューの記事「When Using AI Leads to “Brain Fry”」ではあるシニアエンジニアリングマネージャーの以下のような証言が掲載されている。

あるツールには技術的な意思決定を手伝ってもらい、別のツールにはドラフトや要約を作らせていた。そして私はそれらの間を行ったり来たりしながら、細かいことを全部ダブルチェックしていた。でも、作業が速くなるどころか、頭の中がどんどん散らかっていったんです。肉体的に疲れているわけじゃない。ただ……頭の中が混雑している感じでした。まるで脳内でブラウザのタブを十数個開いていて、それぞれが注意を奪い合っているような感覚です。ー略ー最終的に我に返ったのは、“問題を解決する”ことより、“ツールを管理する”ことに、より多くの労力を使っていると気づいた瞬間でした

BCGの調査では、AIツールを1つから2つに増やすと生産性は大幅に向上するが、4つ以上使うと生産性は低下していくことが明らかになったという。人間がボトルネックとなり、マルチタスクの増加には原因があることが示唆されている。

さらに重要なのは、現在AIを最も積極的に使っている従業員たちは、多くの場合、企業にとって“スター社員”であり、ぜひ引き留めたい人材であるという点である。しかし、AI脳疲れは「離職意向」とも正の相関を示し、AI脳疲れを報告した労働者では、離職意向が39%増加したという。

AIは、私たちの煩雑な仕事を肩代わりに回復的で前向きな活動の時間を生み出す場合には、私たちの疲弊を軽減する助けになる。しかし逆に、AI利用が高密度な認知作業を伴う場合、AIツールそのものが精神的疲労を引き起こしている可能性があるということだ。

人間がボトルネックということは、エージェントAIを使えば良い、というパラダイムに既になっているところだが、エージェントを30〜40人動かせるようになったからと言って、ではそうした技術を扱える人間が暇になるかと言えば、全くそうではなく、常に迫られる新しいスピードの決断の連続に、あなたの脳はPCによる眼精疲労のように、日々Brain fryに苛まれることになるかもしれない。

他にも「認知的委譲(cognitive surrender)」というAIの出力をほとんど吟味せず受け入れ、人間の直感的判断や熟慮的判断を上書きしてしまう現象が報告されており、人々は自分の判断よりもAIによって提示された誤ったアドバイスを優先させてしまう、ということがわかっている。

また誰しもショートビデオやコンテンツを何も考えずスワイプする手が止まらなくなった経験があるはずだが、AIもそのような脳の認知機能の低下のような状態に陥ることが分かってきている。

テキサス大学などによる新たな研究によると、ソーシャルメディア上では人気だが、実際には低品質なコンテンツを与えられた大規模言語モデル(LLM)には、「脳の腐敗 Brain rot」とも呼べるような性能や出力品質の低下が観察されている。

AIとSNSプラットフォーム、そしてさらにAIによって生成されるslop的な情報や生成物たちなど、様々な要因によって今人類は最も脳の機能が弱まりかねない立場に立たされている。

AIが導いた奇妙で新しい物理学の可能性

White brain surrounded with digital neural network structure  on white background - Artificial intelligence concept - 3D illustration

ここまで、AIが人間の脳を低下させるという側面ばかりに注目してきたが、当然AIはわたしたち人間のプロダクティビティブースターとなる場合もある。

上述のエッセイ実験の結果を参照する通り、最初から生成AIに頼るのではなく、まずは独力で苦労した後にAIを使う、という、単純な工程を守るだけで良いのだ。

独力で苦労しながら作業してきたグループは、そこで培われた高い意識や動機付けを保ったまま生成AIを使うことになるので、脳の活動や労働意欲、集中力や仕事のクォリティが一層高まる。

生成AIは頭脳労働者に対して一概に悪影響を与えるわけではなく、むしろ使い方次第では脳の活動や頭脳労働のパフォーマンスを高める。

また東京大学の広報誌『学内広報』に掲載されたコラム「AIを引っ提げてやってきた大学院生」(第1184回淡青評論)がSNSで大きな反響を得ていたが、これは全く経済学を学んだことの無い学生が、AIとの対話だけでフイールドトップの学術誌に挑戦できる水準まで独自に研究してきたものを、”自身には経済学の素養がないため、その評価が正しいのかわからない”と東大の教授に送付してきた、という驚くべき内容だ。

AIが業務という枠組みで、本質的でないことを効率化するツールとして最適であることは既に明らかだが、伝票記帳がカーボン紙への手書きから自動でできるようになった今のように、これからは過去の事象から「検索する」「調査する」ということ自体が外付けとなり、その先の人類未到の新しい答えに到達するというステップに人間視点では重きが置かれるようになるのかもしれない。

また実験物理の分野では、AIの台頭で実験内容に新しい可能性がもたらされていると話題になっている。Quanta Magazineの記事「AI Comes Up With Bizarre Physics Experiments. But They Work.」は非常に興味深い。

アメリカにあるレーザー干渉計重力波観測所LIGOには2基の重力波検出器が備えられており、初の重力波観測など様々な革新的な結果をもたらしてきたが、更なる新発見にはより強力な検出器を据える必要があり、2015年以降、AIも用いてのより自由な設備設計の検討が始められた。

AIには人間が想定してしまうような制約を全てなしとし設計し始めてもらったという。するとレンズやレーザーなど数千の構成要素からなる検出器や、何十万kmもの長さをもつ検出器を考案することもあった。

それは研究者からすると意味がわからず荒唐無稽に思われたが、何ヶ月も検証するうちに、AIが人間の直観に反する手法を用いており、絶対に人間では想像すらしないような奇抜な方法論を採用し、LIGOの観測感度を10〜15%は向上させるような有効な装置を設計している、ということがわかってきた。

AIは、物理学の分野でまだ決定的な新発見を生み出した実績こそないものの、実験設計の最適化や膨大なデータから規則性を抽出する能力を通じて、人間だけでは到達し得なかった可能性を切り拓く存在として、大きな期待を集めている。
人類の世界中の過去の集合知を用いる訳だから、当然利用者の視座の高さによって、AIもハイパフォーマンスを見せてくれる。そのためには人間も自身を高め続け、AIとの相乗作用をもたらすこともできる。AIは本来人の仕事を奪うものではなく、私たちの知識を拡張する伴走者なのだから。

全てを手放すか全てを得るか

Complexity of thought processes and the human mind. Thoughts, creativity, emotions, mental health, vibrant art collage. Psychology, self-analysis, mental disorders and wellbeing, cognitive processes

ここまで考えてみると、脳のアビリティを高めるのも弱めるのも、結局はユーザー次第である、ということは明白だ。

正しいAIの活用法やAIによる勉強への利用が教育として周知されなければ、今後人類の認知と能力は二極化する可能性すらある。

極限まで認知が高まり、調べる・結果を精査し概要化し抜き出す、という行為すら計算の暗算のように脳トレ的な位置づけとなり、「結果」をベースに次の「結果」を重ねてゆき、人類未到の智に到達する可能性も十分にあり得る。

反対にこれまで多くの人が陥ってきたように、単純に生成結果を鵜呑みにし、考えるという工程を全て明け渡してしまう、ということもいとも簡単にできる。それが全てユーザーだけに委ねられている今の社会状況こそ、既に異常と考えるべきかもしれない。

よりAIと脳神経の動きが科学的に解明され、社会学的な影響について観測と検討議論を重ね、哲学的な思索を持ってAI利用の倫理を模索する、それこそが急務だ。

またAIの台頭により、こうした脳の認知や活性化というトピックがより注目を集め、情報を浴びるように暮らし、知能や知識の向上が人類目標というような潮流がある今、そうした動きの反動として、決断や情報を手放し、自己行為主体性から離れる、というムーブメントが起こる可能性も十分にあるだろう。

人は恍惚状態に陥るトランスに入る時、脳神経学的には前頭葉の働きが急速に弱まるという。混迷の時代、むしろゴールを持たずに走り出すような、自然と一体となり自我をあえて手放すような、そうした無垢な身体性にも、改めて注目が集まってゆくのかもしれない。

私たちが日々使うツールは、人類が「どう考えるか」を完全に変えてしまう可能性がある。
今のスピ-ドで進化発展してゆくAIを見ていれば、何においても「そうはならないだろう」と言いきることができなくなった。全ては、いつか早いうちに、可能だろう。

未来は未だかつてないくらい未知数で、私たちはその只中に立ち尽くしている。

それでもなお、どう生きるかは、あなた次第だ。

参考文献

AI Comes Up With Bizarre Physics Experiments. But They Work.
Quanta magazine
https:// www.quantamagazine.org/ai-comes-up-with-bizarre-physics-experiments-but-they-work-20250721/

AIを引っ提げてやってきた大学院生
第1184回淡青評論
小川 光
(経済学研究科)
東京大学 学内広報

https://www.u-tokyo.ac.jp/gen03/kouhou/1599/end.html

When Using AI Leads to “Brain Fry”
Harvard Buisinns review
https://www.bcg.com/news/5march2026-when-using-ai-leads-brain-fry

Your Brain on ChatGPT: Accumulation of Cognitive Debt when Using an AI Assistant for Essay Writing Task
MIT media Lab
https://www.media.mit.edu/publications/your-brain-on-chatgpt/

Thinking—Fast, Slow, and Artificial: How AI is Reshaping Human Reasoning and the Rise of Cognitive Surrender
SSRN
https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=6097646

Arnsten, A. F. T. (2009). Stress signalling pathways that impair prefrontal cortex structure and function. Nature Reviews Neuroscience, 10, 410–422. https://doi.org/10.1038/nrn2648

WRITING BY

伊藤 甘露

ライター

人間、哲学、宗教、文化人類学、芸術、自然科学を探索する者

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