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BUSINESS

AIの普及が電力不足を招く?アメリカに迫る「AI電力危機」とは

circuit board pulsing light and information with digital processor conceptual background

アメリカでAIの普及による電力不足到来の危機が叫ばれている。

アメリカの大手金融機関モルガンスタンレーのレポートによると、AIの普及とAIインフラへの投資が拡大を続けるアメリカでは今後電力消費量が大幅に増加し、2028年までにアメリカ全体の電力消費量の20%が不足する事態に見舞われる可能性が高いとしている。

すでに電気料金の大幅な値上げに直面しているアメリカだが、それに輪をかけるAIによる電力不足は発生するのだろうか。

近未来の電力不足を予想したモルガンスタンレーのレポート

Smart city and communication network concept.

大手金融機関モルガンスタンレーがAIの台頭と普及による近未来のアメリカでの電力不足発生を予想するレポートを発表し、関係者に衝撃を与えている。

それによると、今後アメリカでAIインフラへの投資拡大が続く結果、2028年までに13ギガワットから44ギガワット程度の電力不足が発生し、アメリカの経済と社会に大きな影響を及ぼす可能性があるという。アメリカ一般家庭3300万軒分の電力が不足するという事態は、「AIの需要と利用が非線形的に爆発しており、電力の近代史における最大の技術上の挑戦となるであろう」と結論付けている。

アメリカ一国で一般的な大きさの原子力発電機44基分の電力が不足する事態が早くも2028年にやってくると言うのだから尋常ではない。アメリカの各地で同時多発的にブラックアウトが生じるとしたら、その社会的な影響は計り知れないだろう。

拡大を続けるアメリカのAIインフラへの投資

早ければ2028年にも発生するアメリカの電力危機だが、それを引き起こすとされる張本人であるAIへの、特にデータセンターなどのAIインフラへの投資の状況はどうなっているだろうか。

まず、現在のアメリカにおいては、AIへの投資はアメリカの超重要国家戦略のひとつという位置づけになっている。トランプ政権は、総額5000億ドル(約77兆5000万円)という桁外れの規模のスターゲートプロジェクトを立ち上げ、オープンAI、オラクル、日本のソフトバンクなどを参加させている。スターゲートプロジェクトは、全米各地にAIデータセンターなどを新設し、AI関連テクノロジーやニュービジネスの創出を目指すものだ。アメリカの年間国防予算の60%にも相当する金額が投資されるのだから、そのインパクトは半端ではない。

スターゲートプロジェクトとは別に、マイクロソフト(投資額800億ドル)、Amazon(同1000億ドル)、Google(同910億ドル)、Facebook親会社メタ(推定200-300億ドル)、NVidea、IBM、TSMCなどのメジャー企業も、それぞれAIインフラへの投資を行う予定だ 。AIインフラ投資ブームの熱は下がるどころか、今後さらに過熱する可能性すらある。

膨大な電力を消費するAIデータセンター

Server racks full of routers, switches and servers aligning on both sides of an aisle of a data center. Illustration of the concept of cloud computing and infrastructure as a service (IaaS)

ところで、AI・AIインフラの利用拡大と投資拡大が、なぜ電力不足を生じさせるのだろうか。その最大の原因のひとつとされているのが、AIデータセンターが消費する莫大な電力量だ。AIデータセンターとは、AIのアウトプットを生成するための基礎データを格納するウェアハウスのことだ。一般的にAIのアウトプットをより正確かつ高度にするためには、アウトプットの母体となるデータセンターの量的質的拡大が必要とされる。

国際エネルギー機関(IEA)によると、現在稼働中の一般的なAIデータセンターの電力消費量はおよそ一般家庭10万軒分に相当し、現在建設中の次世代大型AIデータセンターの想定電力消費量はその20倍程度になるとしている。 つまり、スターゲートプロジェクトを筆頭に次世代大型AIデータセンターが続々と建設・運営されるようになると、稼働開始の瞬間から一気に大量の電力が消費され始めることになる。

モルガンスタンレーのレポートが、アメリカにおけるAI電力不足が、早ければ2028年にもやってくる可能性が高いとしているのは、ひとえにそれが理由だ。

近年のAIの台頭と産業化についてIEAは、「少し前までは、AIは大学の研究室で試験的に使われる程度の研究対象だった。しかし、2022年頃から産業化が始まり、今日までに12兆ドル(約1860兆円)規模の巨大産業へと発展した」と概説している。

さらに「AIの巨大で急速な発展は企業戦略に影響を与えるのみならず、経済や政治、あるいは地政学的にも大きな変化を強いることになる」とも分析している。AIが急速に普及・拡大して世界的な大産業となりつつある中、それを支えるエネルギーインフラのインバランスのリスクと危険性も暗示している。

すでに値上がり始めた電気料金

Steel transmission towers stretch across a desert plain at sunset while glowing blue strands symbolize data-intensive artificial intelligence increasing power consumption.

近い将来に電力不足到来の可能性が高いアメリカだが、現在すでに電気料金が値上がりし始め、市民生活に影響を与えている。情報誌Wiredによると、アメリカの一般家庭の電気料金は2020年から30%以上値上がりし、インフレ率を二倍以上上回ったという。

関係者の多くは、昨今のアメリカの電気料金の値上がりの原因は複数あり、複雑に絡み合って電気料金を押し上げているとしているが、複数ある原因のひとつとされているのがEV(電気自動車)やAIデータセンターの増加による電力消費量の拡大だ。AIおよびAIデータセンターは、これから運用が開始される次世代AIデータセンター稼働前の現時点において、すでに電力不足≒電気料金値上がりの「最重要容疑者」の一人とされているのだ。

専門家の中には、異常気象による冷暖房の利用増加に伴う電力消費増や、電力を供給する電力インフラの老朽化を原因に挙げる者も少なくない。特に家庭や職場などの電力の最終消費地へ電気を送り届ける「最後の1マイル」(The Last mile)を支える電力インフラの老朽化が深刻で、電力インフラ全体のコストを押し上げる要因になっている。

アメリカでは電線などの老朽化が進み、リプレースの時期を迎えている。地区によっては100年前に引かれた電線なども未だ使われ続けていて、送電ロスなどの送電効率の低下に見舞われている。日本と同様、アメリカでも社会インフラの更新フェーズに突入しており、そのためのコスト負担が現実的に求められ始めている。

そうしたフェーズにあるアメリカが、間もなく致命的な電力不足の危機を迎えようとしているのだ。まさにパーフェクトストームと呼ぶべき事態であると言っていいだろう。

AI普及による電力不足は日本でも発生するか?

ところで、アメリカで現在進行中のAI普及による電力不足は、日本でも発生するのだろうか。

電力広域的運営推進機関は、2023年まで減少していた日本の需要電力量は2024年から増加傾向に転じ、2034年までに2024年度比で5.8%増加すると予想している 。2028年に3300万家庭分の電力が不足し、電力ブラックアウト発生のリスクが叫ばれているアメリカのような状態にはなりえなさそうだが、それでも電力需要は増加すると見込まれている。

電力広域的運営推進機関は、電力需要増加の要因として「近年急速に拡大するAIの普及やデジタル化の進展などを受け、データセンターや半導体工場が次々に新増設されていることが大きな要因とされています。データセンターと半導体工場の新増設による最大需要電力は、2034年度には2025年度比で約13倍になることが予想されています」としている。

日本の電力需要増加の大きな原因の一つは、アメリカと同様にAIデータセンターの新増設であるとしているが、その規模や程度はアメリカに比べて相応に小さく、経済や社会への影響もアメリカほど大きなものになることはなさそうだ。

一方、日本ではアメリカで発生が予想されているような電力不足が発生しないということは、とどのつまりアメリカで進行中のAI産業革命のムーブメントにおいてメジャーなプレーヤーになれない、あるいはムーブメントそのものが日本ではその程度しか起こらないということの裏返しであるとも見てとれる。

インターネットやクラウドコンピューティングなどのITインダストリーの発展においてこれまでの日本は、常にアメリカの後塵を踏んできたが、今回のAI産業革命でも同様の道を辿ることになる可能性がある。筆者としては、日本主導型のAIビジネスが誕生し、日本を拠点に世界的規模に拡大発展してもらいたいと願うばかりだ。日本には、それが出来るポテンシャルとアビリティが備わっていると信じている。

参考文献

https://economictimes.indiatimes.com/news/international/us/ai-gold-rush-comes-with-a-catch-america-could-run-out-of-power-by-2028-as-data-centers-drain-the-grid-morgan-stanley-says/articleshow/125278800.cms
https://stargateprojects.net/
https://aimagazine.com/top10/top-10-companies-investing-in-ai
https://www.iea.org/reports/energy-and-ai/executive-summary
https://www.wired.com/story/power-bills-in-the-us-are-soaring-and-will-rise-further-still/
https://www.jogmec.go.jp/publish/plus_vol27.html

WRITING BY

前田 健二

経営コンサルタント・ライター

事業再生・アメリカ市場進出のコンサルティングを提供する一方、経済・ビジネス関連のライターとして活動している。特にアメリカのビジネス事情に詳しい。

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