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日本も無視できない。トランプ時代のアメリカAI戦略

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2025年1月20日、ドナルド・J・トランプ氏がアメリカ合衆国第47代大統領に就任、第二次トランプ政権がスタートした。蓋を開けてみたら圧勝で誕生した第二次トランプ政権は、様々な課題を抱える大国アメリカをどのようにリードしてゆくのか世界中が注目している。
特に産業技術分野では、トランプ政権下でアメリカのAI開発パラダイムがどのような変化や進展を見せるのかに関心が集まっている。トランプ時代のアメリカのAI戦略を読み解いてみた。
いよいよ始まる第二次トランプ政権
本記事執筆時点の日本時間2025年1月15日の6日後、ドナルド・J・トランプ氏がアメリカ合衆国第47代大統領に就任する。カマラ・ハリス氏との一騎打ちで接戦が予想されていたが、実際にはトランプ氏が312人の選挙人を獲得し、同時に上下両院議会のコントロールも確保する圧勝という形で幕を閉じた。
大統領就任前から「カナダをアメリカの51番目の州に」「パナマ運河とグリーンランドをアメリカ領に」「メキシコ湾をアメリカ湾に名称変更」といった数々の暴言が世界中で話題となり、多くの人が恐れと期待を抱きつつ同氏の大統領就任を待っていた。経済政策では主要国からの輸入品に高率の関税を課すことを公言し、「アメリカ・ファースト」のスタンスを早くも明確にしているトランプ氏だが、「次の産業革命」のドライバーになると予想されているAIについて(特にアメリカのAI開発パラダイムは)、第二次トランプ政権の発足に伴いどのような影響を受け、どのような展開を見せるのであろうか。
AIにより融和的なトランプ政権
アメリカの公的シンクタンク・ブルッキングス研究所は、アメリカのAI開発パラダイムにある程度「抑制的」であったとされるバイデン政権よりも、トランプ政権はAIに対してより融和的な姿勢で臨み、直接的または間接的にアメリカのAI開発競争を後押しすると予想している。
AIに融和的なトランプ大統領が最初にとったアクションは、バイデン前大統領が2023年10月に発動した大統領令の撤回だ。アメリカ国内のすべてのAI開発企業にラージAIモデルなどの開発計画の商務省への申告などを義務付ける大統領令は、OpenAIなどのAI開発企業の開発スピードにブレーキをかけ、開発そのものを結果的に抑制してきたとされる。トランプ氏は、AI開発企業に付けられた足かせを外し、より自由にスピーディーに開発できる環境を整えようとしている。
またブルッキングス研究所は、トランプ大統領は米商務省や公正取引委員会などの関係機関に対して、AI開発規制に対して「ハンズオフ」のアプローチをするよう求めてくると予想している。具体的には、バイデン政権が2023年7月に成立させた「AIに関する自主的安全性確認制度」などを見直し、AI開発企業に対する規制などを緩和してくることが予想されている。
AI開発競争でも対中国強硬姿勢が鮮明に
大統領就任前から「対中国強硬姿勢」を明確にしていたトランプ氏だが、AI開発競争でも対中国強硬姿勢を強固にしてくることは間違いない。バイデン前大統領は、AI用半導体を含む戦略物資の中国への輸出を規制する一連の措置を講じたが、トランプ氏がそれを引き継ぐことは明白で、さらに強化してくることすら予想される。
最先端AI技術の中国への輸出規制については、共和党も民主党もいずれも前向きで、昨年2024年11月には超党派の米中経済安全保障評価委員会がアメリカ国内で開発されているAI技術の取り扱いについて、「(原爆製造を目指した)マンハッタン計画のように慎重に取り扱われ、着実に実現すべきもの」であるとの認識を表明している。AI技術は現代のアメリカの中核的戦略的技術であり、「米中冷戦」の時代を迎えたアメリカにとっては「虎の子」のような存在になりつつある。
ちょうどこの記事を筆者が書いている最中、トランプ政権がバイデン政権が政権終了間際に発効したAI用グラフィクスプロセシング半導体の中国への輸出を禁止する規制を、就任後もそのまま引き継ぐ見通しであるというニュースをロイターが報じた。AIに学習させるためのファウンデーションとなるデータセンターの構築に欠かせない重要部品であるが、そうした戦略物資の中国への禁輸は今後強化される一方で、緩和される見通しはまったくないと言っていい。
AIエコノミーで世界のリーダーを目指すトランプのアメリカ
AI関連半導体などの中国への直接的な輸出のみならず、アメリカは第三国を経由する中国への迂回輸出規制も強化してくる可能性が高い。アメリカは中国を明確な「競合国」であると認定し、デカップリングする対象であると位置づけている。アメリカ対中国の経済戦争を決する戦略的兵器として、AIは今後その重要性をさらに増加させてゆくだろう。
アメリカ国内においては、トランプ大統領がAIに対して融和的な姿勢で望む見通しであることは上述の通りだ。それを象徴するように、トランプ政権は公正取引委員会現会長のリナ・カーン氏を退任させ、「より放任主義的なアプローチを採る適任者」に交代させることを表明している。より放任的な事業環境のもと、AI開発企業同士によるM&Aなどが加速し、業界内でのストリームラインが実現する結果、GAFAM(Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft)のような世界をリードするAIカンパニーが新たに誕生するかもしれない。
トランプ氏率いる米共和党は、いわゆるレッセフェール式の自由主義的経済政策を伝統的に採ってきたことで知られている。開かれた自由な市場における競争が勝者を生み出し、勝ち残った勝者が経済拡大を牽引するドライバーとなる。政府による市場介入を必要最低限にとどめ、あくまでも自然淘汰をベースとした競争原理に勝者を選ばせる。小さな政府が管理する自由な市場が新たな大きなビジネスを作りだすイメージだ。
トランプ大統領は、こうしたレッセフェール式の経済政策をAIの世界において展開してくるだろう。そして、その結果としてAIエコノミーにおける世界リーダーのポジションを手に入れることを目論んでいることだろう。なお大統領選挙期間中、トランプ氏は次のように発言している。
「AIの領域でアメリカが恒常的なリーダーシップを発揮することは、アメリカ経済と安全保障を維持するために決定的に重要なことである」
アメリカのAI戦略がもたらす日本への影響
トランプ氏のAI戦略が「アメリカのリーダーシップ確保」および「対中国強硬姿勢の明確化」をベースにしている以上、同盟国である日本への影響は避けられない。トランプ氏のアメリカは日本に対し「アメリカのリーダーシップ確保と維持への協力」と、「対中国戦略における同盟国としての相応の負担」を明確に強く求めてくることは間違いないだろう。
なお、上述の中国に対するAI関連物資の輸出規制だが、日本はイギリスやオランダなどとともに適用除外国とされた18ヶ国に含まれている。しかし、日本から中国へのAI関連物資や半導体製造装置などの直接輸出については、トランプ政権下のアメリカがより厳しい目を向けてくるのは間違いない。AI開発競争において米中は最早交戦状態にあり、同盟国の日本はアメリカへ加担し、相応の負担を求められることになる。
日本は2023年7月から、スーパーコンピューターやAIなどの開発に使われる半導体や半導体製造装置などの中国への輸出を禁じている。中国は日本などに対し、ガリウムやゲルマニウムなどの半導体製造に必要な素材の輸出を規制するなど、対抗措置を講じている。日本では政権が交代するなど不安定な状態にあるが、中国と今後どう付き合ってゆくかについては、100年の計として腹を決める必要があると筆者は考える。
新たなAIエコノミー時代を迎え、早くも世界的な混乱の様相が見え始めているが、日本が打つ一手一手が重要になってきているのは言うまでもない。
参考文献
https:// www.brookings.edu/articles/ai-policy-directions-in-the-new-trump-administration/
https://perkinscoie.com/insights/update/what-expect-trump-administration-ai-policy
https://www.reuters.com/technology/artificial-intelligence/us-tightens-its-grip-ai-chip-flows-across-globe-2025-01-13/
https:// www.brookings.edu/articles/ai-policy-directions-in-the-new-trump-administration/
https://trumpwhitehouse.archives.gov/ai/
https://www.scmp.com/news/world/united-states-canada/article/3294587/us-tightens-ai-chip-exports-curb-chinas-access-and-boost-allies
https://www.nri.com/jp/media/column/kiuchi/20230725.html

前田 健二
経営コンサルタント・ライター
事業再生・アメリカ市場進出のコンサルティングを提供する一方、経済・ビジネス関連のライターとして活動している。特にアメリカのビジネス事情に詳しい。