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「最低時給3000円」の衝撃。なぜカリフォルニア州はファストフード従業員の待遇を改善するのか?

 

現地時間の2023年9月28日、カリフォルニア州のギャヴィン・ニューサム知事が、州内で営業する主要ファストフードレストランの従業員の最低賃金を1時間20ドルに上げる法案に署名し、全米の話題を集めた。従業員にとっては嬉しいニュースだが、経営者の側では経営への悪影響を危惧する声が少なくない。ファストフード従業員の賃金アップがもたらす功罪と、今後の飲食店の方向性などについて、現地の報道をもとに考察する。

*ドル円レートは2023年11月22日時点を適用

ファストフード従業員の最低賃金が1時間20ドルへ

カリフォルニア州内の主要ファストフードレストラン従業員の最低賃金が、来年2024年4月1日から1時間20ドル(約3,000円)に引き上げられる。現在、カリフォルニア州の最低賃金は1時間15.50ドル(約2,325円)だが、それが一気に4.5ドル(約675円)と29%引き上げられる。

賃上げの流れはそれに留まらず、2024年以降も2029年まで年率3.5%か消費者物価指数(CPI)のいずれか低い方の割合で毎年賃上げされる。仮に年率3.5%での賃上げが続いたとした場合、カリフォルニア州のファストフードレストラン従業員の最低賃金は、2029年に1時間23.75ドル(約3,562円)まで引き上げられる計算になる。

現在、カリフォルニア州では約55万人が主要ファストフードレストランに勤務しているが、新しい最低賃金の下では、平均的なファストフードレストラン従業員は年収で41,600ドル(約624万円)の収入が得られるようになるという。レストランのウェイターやウェイトレスのように「チップ収入」が得られないファストフードレストラン従業員にとっては正に朗報だろう。

賃上げの理由はカリフォルニア州の生活コスト高騰

ところで、なぜこのタイミングで賃上げが行われるのだろうか。その最大でかつシンプルな理由が、カリフォルニア州の「生活コストの高騰」だ。アメリカの各州の生活コストに関するデータをアーカイブにしているWisevoter.comによると、カリフォルニア州はハワイ州、マサチューセッツ州に次いでアメリカで三番目に生活コストが高い州だ。全米平均の生活コストインデックスを100とするとカリフォルニア州は137.6で、全米平均の1.376倍となっている。

カリフォルニア州は、特に家賃や食料費といったエッセンシャルな生活コストが高いことで有名だ。各都市の物価をデータベース化しているNumbeoによると、ロサンゼルス市における四人家族の一世帯当たりの平均生活コストは、家賃を除いて一カ月5,002ドル(約75万円)となっている。

それとは別に家賃が必要だが、ロサンゼルス市は家賃も高い。例えば、ロサンゼルス市郊外のスリーベッドルームアパートメントの平均家賃は4,118ドル(約61万7,700円)で、平均生活コストと合わせると9,120ドル(約136万8,000円)にもなる。

カリフォルニア州では、いわゆるシックスデジット・アーナー(Six digit earner, 6桁つまり10万ドル(約1,500万円)以上を稼ぐ高額所得者)でも車上生活をしている人が少なくないとされるが、この生活コストの高さを見るに、さもありなんという感じにならざるを得ない。

経営サイドでは「省力化」を進める動きが顕著に

労働者にとっては朗報の賃上げだが、経営サイドにとっては頭の痛い話だ。今回の賃上げにより、労働者の最低賃金は29%引き上げられるが、仮にファストフードレストランのレイバーコストレシオ(売上における人件費率)を30%とすると、レイバーコストは8.7%増える計算になる。増加分を吸収するには値上げをする必要があるが、ただでさえメニューの値段が上がっている昨今、簡単に値上げはできないだろう。

そこで多くの経営者が行うと予想されているのが店舗の「省人化」だ。ファストフードレストランの場合、多くの労働者が注文受付や接客の仕事をしているが、これをキオスク端末や音声認識AI、あるいは接客ロボットなどに切り替える機運が高まるだろう。以前「アメリカの飲食業界で『音声認識AI』の導入が進むワケ」では、アメリカのファストフードレストランで音声認識AIが普及しつつある状況を紹介したが、従業員の賃上げを機にそうした動きに拍車がかかる可能性が高い。

キッチンスタッフについても、ハンバーガー調理ロボットやフライヤーロボットなどでリプレースし、省人化を進める機運が高まる可能性がある。実際に、アメリカの飲食店経営者の90%がキッチンロボットの導入を検討しているというデータもある。高騰する人件費を嫌い、人間より安く雇えて文句も言わずに長時間働くロボットへ飲食店経営者の目が向いたとしても、不思議でも何でもないだろう。

賃上げによりファストフードの価格はどれだけ上がる?

ところで、今回の賃上げによりファストフードの価格はどれだけ上がるだろうか。例えロサンゼルス市内のあるマクドナルドでは、セットの「ビッグマック・ミール」が10.19ドル(約1,528円)、「マッククリスピー・ミール」が9.59ドル(約1,438円)、「フィレオフィッシュ・ミール」が9.39ドル(約1,407円)となっている。仮に同店のレイバーコストレシオを30%とした場合、レイバーコストは8.7%増えるので、追加コスト分以上の値上げをしない限り、2024年4月1日からの新価格は、「ビッグマック・ミール」11.07ドル(約1,660円)、「マッククリスピー・ミール」10.42ドル(約1,564円)、「フィレオフィッシュ・ミール」10.21ドル(約1,531円)となる。

カリフォルニア州では、以上に対して消費税が上乗せされるので、仮に同店で四人家族が「ビッグマック・ミール」四人前を注文したとすると、11.07ドル/人×4人+ 消費税7.25% で、47.49ドル(約7,123円)という計算になる。マクドナルドと言えば「速い」「安い」「美味しい」を徹底して世界的チェーンに成長した感が強いが、この値段では既に「安い」とは言えないだろう。カリフォルニア州は、ファストフードレストランでの食事が「贅沢な行為」となる時代に突入するようだ。

「省人化」のトレンドは日本でも?

ところで、飲食店の「省人化」のトレンドは、太平洋を渡った日本でも進行している。日本の飲食業界では、「賃上げ」よりも「人材不足」が「省人化」を進める主なドライバーとなっているが、特に「注文受付」「接客」「配膳」「会計」「清掃」といった場面で「省人化」が進んでいるようだ。

株式会社DFA Roboticsが今年2023年5月に飲食店の経営者・役員・店舗統括長・採用責任者を対象に実施した調査で、「人手不足の解消方法の選択肢として、求人広告の出稿の他に、接客や配膳、清掃業務などで貢献する「サービスロボット」の導入に興味はありますか」という質問に対して、「非常に興味がある」が20.0%、「やや興味がある」が32.4%と回答し、全体の52.4%が「サービスロボット」に興味を抱いていることがわかった。我が国飲食業界における人材不足の問題が今後さらに深刻化する可能性があり、一方で、サービスロボットに対する興味と関心、さらに実際に導入する機運が、今後高まる可能性がある。

カリフォルニア州では「賃上げ」が、日本では「人材不足」が飲食店の「省人化」を進める主なドライバーになっているが、両者においてサービスロボットなどの導入が今後さらに進むことは間違いないのではないか。あと10年もすれば、どちらの飲食業界も業態をすっかり一変させている可能性が高いだろう。

参考文献

https://edition.cnn.com/2023/09/28/business/california-fast-food-law/index.html
Cost of Living by State:https://wisevoter.com/state-rankings/cost-of-living-by-state/#:~:text=Hawaii%20is%20the%20state%20with,of%20living%20index%20of%20184.
https://www.numbeo.com/cost-of-living/in/Los-Angeles
https://aaronallen.com/blog/restaurant-robotics
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000047.000028572.html

WRITING BY

前田 健二

経営コンサルタント・ライター

事業再生・アメリカ市場進出のコンサルティングを提供する一方、経済・ビジネス関連のライターとして活動している。特にアメリカのビジネス事情に詳しい。