SCIENCE
「水破産」のカウントダウン。世界経済に深刻な影響を与える危機の正体
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朝、蛇口をひねっても水が出なかったら。当たり前にある水が、高級品になったら──。あなたの暮らしはどう変わるだろうか。
国連大学は2026年1月、人類が「水破産(water bankruptcy)」の時代に入ったと宣言した。水不足はもはや一時的な危機ではなく、元の状態に戻れない「新しい日常」になりつつあると警告する。
日本は水が豊かな国とされているが、その常識は今、静かに揺らぎ始めている。今回は「水破産」が私たちの暮らしにどう影響するのか。そして私たちに何ができるのかを、考えていく。
水破産とは?地球の“水貯蓄”が尽きていく

「水破産」とは、地球が自然に回復できる量を超えて水を使い続け、もはや元の状態に戻れなくなった慢性的な状態を指す。私たちはこれまでに干ばつや水不足を「水危機」として認識してきたが、国連大学の報告書(※1)は、それが「新しい日常」になりつつあると指摘している。
かつての水危機は、適切な対策を講じれば回復できるとされていた。水破産が「危機」と一線を画すのは、その不可逆性にある。
原因は、自然が回復できる以上に水が使われていることだ。世界中の河川や帯水層(地下水が蓄えられている地中の層)で、水が失われつつある。その構造が、金融の破産と重なるとして「水破産」と名づけられた。
破産とは、債務超過に陥り、返済ができなくなる状態を指す。毎年降る雨や雪を「収入」、地下水や氷河を「貯蓄」に例えると、気候変動で”収入”そのものが減りつつある中、“貯金”まで切り崩している状態が慢性化し、財布はすでに空に近いというわけだ。
世界で今、何が起きているのか。各地で現れる“水破産”の兆候
水という“貯蓄”が減っていく兆候は、何十年にもわたって世界各地で報告されてきた。
まず、世界の大きな湖では、1990年代初頭以降、半数以上で水量の減少が確認されている。さらに主要な帯水層でも、約7割が長期的な低下傾向にあるという。目に見える変化も顕著だ。コロラド川やインダス川など、かつて海まで流れ込んでいた大河が、取水の増加や干ばつの影響で、季節によっては途中で干上がるようになった。
湿地の喪失も深刻だ。過去50年間で消失した自然湿地の面積は約4億1000万ヘクタールにのぼり、これはほぼEU全体の面積に相当する(※1)。湿地は目立たない存在だが、水を蓄え、浄化し、洪水を和らげる自然のインフラとして重要な役割を担っている。それが失われるということは、地球の水循環を支える仕組みそのものが弱まっていることを意味する。
こうした変化の結果、現在では、世界人口のほぼ半数にあたる約40億人が、年に少なくとも1か月は深刻な水不足を経験しているとされる(※1)。
世界の水の70%を使う農業

水破産を深刻化させている要因の一つが、農業だ。世界で使われる淡水の約70%を農業が消費している。
問題は、その農業の多くが水の乏しい地域で営まれていることにある。インドや中国、中東、北米の穀倉地帯では、数千年かけて蓄積された地下水を大量にくみ上げて灌漑(かんがい)を続けてきた。その結果、地下水位は年々下がり続けている。世界の食料生産の半分以上が、「水が枯れゆく大地」の上に成り立っているのだ。
水が枯れれば、農地は干上がり、作物の収量が落ちる。世界市場で小麦や大豆、トウモロコシの価格が上がる。その影響は、輸入食料を通じて各国の食卓に広がる。食料を安定して確保するために地下水をさらにくみ上げれば、水位はさらに下がる。出口の見えない悪循環だ。
そして、気候変動が追い打ちをかけている。気温上昇により降水量が減り、氷河が解け、干ばつが長く・強くなっている。1970年以降、世界の氷河質量の30%以上がすでに失われた。
日本は水破産と無縁?“水の輸入大国”という一面
水破産の影響は、日本にとって対岸の火事なのだろうか。
まず、日本の水事情を見ていこう。国交省の「令和7年版 日本の水資源の現況」(※2)によると、日本の年間降水量は約1,668mmで、世界平均(約814mm)の約2倍だ。しかし、国土が狭く人口密度が高いため、一人当たりの降水量に換算すると約5,000m³/人・年となり、世界平均(約14,000m³/人・年)の三分の一にとどまる。
また、日本の降水は梅雨と台風に大きく依存している。早い梅雨明けや台風の減少が起きると、ダム貯水量が急減する。つまり、日本国内の水不足はこれまでに紹介してきた水破産よりも、気候変動の影響を受けやすい。
しかし、実は日本は“水の輸入大国”という一面を持っている。ここで鍵になるのがバーチャルウォーター(仮想水)だ。バーチャルウォーターとは、輸入する食品や製品などの生産・製造過程で使われた水も輸入しているとみなす考え方だ。
日本が国内で農業・生活・工業に使う水は、年間約770億m³(※2)。一方、食料輸入に含まれるバーチャルウォーターは、2005年時点で年間約800億m³と推計されており(※3)、国内使用量とほぼ同規模だ。つまり日本は、国内で使う分とほぼ同量の水を、海外から輸入していることになる。
例えば、牛肉1キロを生産するには、約20,000リットルの水が必要になる。これは単に牛が飲むだけでなく、餌になる穀物の生産に必要な水も含まれている。
統計で見ると、私たちが家庭で直接使う水の量はそれほど多くない。日本人1人が生活で使う水は、1日あたり約282リットル(※2)で、飲み水や風呂、洗濯などを含めても、この程度の量にとどまる。
しかし、バーチャルウォーターの存在を考えるとどうだろうか。食料の生産には、家庭で直接使う水の何十倍もの水が必要になることがある。つまり、知らず知らずのうちに、私たちは食べ物を通じて思いもしないような大量の水を輸入し、消費しているのだ。
水破産の時代、私たちはどう生きるのか

蛇口から水が出なくなる未来を想像するのは、まだ早いかもしれない。しかし、水が当たり前ではなくなる世界は、すでにどこかで始まりつつある。
水が「もうない」に変わる前に、問い直せることはまだ残されている。国連大学の水・環境・保健研究所のKaveh Madani所長はこう訴える。「経済的繁栄には取水量の継続的な増加が必要だという思い込みから、脱却しなければなりません」(※4)。
つまり、成長と水を切り離すこと。水が私たちの暮らしに不可欠であるからこそ、無尽蔵の水利用に依存しない仕組みをつくることこそが、水破産の時代に、私たちが問い直すべき課題である。
それには、個人の力だけでは到底及ばない。各国の農業政策や水インフラへの投資、国際的な水資源の管理など、社会や政府レベルの取り組みが欠かせない。一方で、日本には国内使用量とほぼ同じ量のバーチャルウォーターが輸入されていることを考えると、私たちの日常の選択が、世界の水需要と密接につながっていることは意識したい。
食料自給率が約40%の日本では、「何を食べるか」は、「どこの水を使うか」という選択でもある。外国産ではなく国産を選ぶ。肉の回数を少し減らしてみる。水を「無限にある資源」として扱わない意識は、やがて政策や企業の行動を変える力にもなり得るだろう。
今、水をどう使うのか。その選択が、水破産を食い止める大きな力になるのではないだろうか。
参考文献
※1 Global Water Bankruptcy | United Nations University(UNU-INWEH)
https://unu.edu/inweh/collection/global-water-bankruptcy※2 令和7年版 日本の水資源の現況 | 国土交通省
https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/mizsei/content/001902538.pdf※3 バーチャルウォーターとは | 環境省
https://www.env.go.jp/water/virtual_water/※4 UN / Global Water Bankruptcy Report | UNifeed
https://media.un.org/unifeed/en/asset/d352/d3526370
Ayaka Toba
編集者・ライター
新聞記者、雑誌編集者を経て、フリーの編集者・ライターとして活動。北欧の持続可能性を学ぶため、デンマークのフォルケホイスコーレに留学し、タイでPermaculture Design Certificateを取得。サステナブルな生き方や気候変動に関するトピックスに強い関心がある。
