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大谷翔平、山本由伸にも影響が!? AI導入が進む「MLBの未来」
目次
大谷翔平、山本由伸ら日本人選手の大活躍で大きな盛り上がりを見せたメジャーリーグベースボール(MLB)のワールドシリーズ。ドジャースが二連覇を決めた第七戦は、アメリカ・カナダ・日本の三か国合計で5100万人がテレビ観戦する巨大イベントになったという。
今や世界的なプロスポーツとしてのステータスを獲得しつつあるMLBだが、各所でAIの導入が進んでいる。MLBにおけるAIの導入について、来年から導入される「ロボット審判」の話題などを中心にお伝えする。
史上最高の盛り上がりを見せた2025年度ワールドシリーズ

現地時間の2025年11月1日土曜日夜、カナダ・トロントで行われた2025年度ワールドシリーズ最終戦は歴史に残る大激闘となった。トロント・ブルージェイズが先行した試合はドジャースが細かく得点を重ね、9回表の土壇場で4対4の同点に追いついた。9回裏には前日登板したばかりの山本由伸がマウンドに立つという、まさかの展開を迎えた。
ドジャースはその後11回表に得点し、その裏を山本が投げ切って勝者となった。まさに劇的としか言いようがない試合は、メジャーリーグベースボール史上最大規模の視聴者数を獲得、興行的にも大成功をおさめた。
メジャーリーグベースボールは公式ウェブサイトで、2025年度ワールドシリーズは1992年以来最高の視聴率を獲得し、アメリカ合衆国以外の視聴者数が過去最大を記録するなど、日本を含むアメリカ国外で盛り上がりを見せた歴史的な大会になったと総括している。特にブルージェイズの本拠地カナダでの視聴者数は一日平均で1790万人に達し、成人カナダ人の二人に一人が連日テレビに噛り付いていたことになる。
日本人選手の活躍もあり、アメリカの国内プロフェッショナルスポーツから国境を超えた国際人気スポーツへ完全に進化したメジャーリーグベースボールだが、実は各所でAIの導入が進んでいることをご存じだろうか。
1990年代後半より「データ活用」の導入が始まる

メジャーリーグベースボールは、各種のデータを様々な場面で多用する「データドリブン」(Data driven)なカルチャーであることで知られている。MLBにおけるデータドリブンまたは「データセントリック」(Data centric)なカルチャーを産んだのは、1990年代後半から2000年代前半にかけて万年弱小チームとされていたオークランド・アスレチックスだとされている。
ヤンキースやドジャースといった人気チームのように資金的な余裕がなく、選手層も薄く各スタッフも不足していたオークランド・アスレチックスは、ベースボールの多くの場面にデータセントリックな分析アプローチを取り入れ、「限られた予算で最大のリターンを獲得する」ことをチーム一丸となって目指した。今でこそ一般的に使われているOPS(on-base plus slugging)やWAR(wins above replacement)なども、この頃のアスレチックスが本格的に使い始めたとされている。
*OPS(on-base plus slugging)とは、打者の出塁率と長打率を合わせた指標で、打者の総合的な貢献度を示すもの。OPSが高いほど得点に貢献していると見なされる。
*WAR(wins above replacement)とは、打撃、走塁、守備、投球を総合的に評価して選手の貢献度を表す指標。控え選手が出場する場合に比べて、どれだけチームの勝利数を増やしたかによって計算される。
弱小球団が各種のデータを駆使して強豪チームへと変身してゆく様は、ブラッド・ピット主演の映画「マネーボール」に詳しく描かれている。映画のモデルになったオークランド・アスレチックスのジェネラルマネージャー、ビリー・ビーン(Billy Beane)こそ、MLBにおけるデータセントリックカルチャーの正真正銘の産みの親であると言っていいだろう。
来年から始まる「ロボット審判」
そんなMLBだが、来年からAIをベースにした「ロボット審判」が導入される。「ロボット審判」(Robo-umpire)と聞くと、人間の審判の代わりにロボットの審判がボール・ストライクをコールする光景をイメージしてしまうが、実際は「AIを使ったチャレンジ判定システム」だ。正式にはABS(Automated Ball Strike)チャレンジシステムと呼ばれているシステムで、MLBの大口スポンサーの携帯通信大手Tモバイルが提供する5G通信網を使い、AIにボールストライクをモニタリングさせ、疑義が生じた際に最終的な判定を下す一連の仕組みだ。
例えば、バッターが審判のボール・ストライク判定に疑義を持った場合、自分のヘルメットを数回叩いてチャレンジを申し出る。チャレンジを受けると審判団はABSチャレンジングシステムを参照し、ボール・ストライクを詳細に検証する。最終的にはシステムが判定を下してボール・ストライクを確定させる。
チャレンジ出来る回数は、現在のチャレンジと同様に、1試合につきそれぞれのチーム2回までとされる。チャレンジ申立てが出来るのはピッチャー、キャッチャー、バッターのいずれかで、現在のチャレンジのように監督が申立てるのではない。申立てはボール・ストライク判定に疑義を感じて「直ちに行う」必要があり、ベンチの監督やコーチ、あるいは野手などの他の選手のアシストやアドバイスなどは受けられないとされている。なお、チャレンジは成功する限り2回の権利が維持されるが、失敗すると権利1回が失われる。
MLBは、これまでに七年の年月をかけてABSチャレンジングシステムをマイナーリーグなどで試用し、運用方法などを磨いてきたという。それがいよいよ来年からメジャーリーグでも公式採用されるのだから楽しみでしようがない。これまできわどいボール・ストライク判定に苦しむことが少なくなかった大谷翔平などにとっては、プラスの影響が期待できそうだ。
ゲームシミュレーションにもAIが

なお、実際のゲームプランニングや選手起用などにおいてもAIの活用が進んでいる。中でも顕著なのはAIによるゲームシミュレーションだ。これまでに攻撃や守備の面で、打者ごとに応じたピッチング構成やシフト対策などをデータドリブンで行うことは一般的に行われてきていた。しかし、最近はAIを使った包括的なゲームシミュレーションシステムが開発され、利用が始まっている。
大手メディアFOXが開発したFOX foresight(FOXフォーサイト)は、Google CloudをベースにGoogle GeminiとVertex AIを使って開発された包括的ゲームシミュレーションシステムだ。過去数十年におけるMLBのほぼすべてのプレーヤーに関する膨大なデータを学習し、自然言語ベースでのやり取りを可能にしている。
例えば、「ポストシーズンのプレーオフでは、9回表ノーアウトランナー2塁の場合、どの左打ちバッターがもっとも得点できる可能性があるか?」といった問いに対してほぼリアルタイムで答えを出してくれる。
また、選手一人ひとりのデータも学習しているので、「このようなシチュエーションでは、A選手がライト前ヒットを打つ可能性が○○%」といった戦術的アウトプットも瞬時に出してくれる。
製造業や小売業などの現場においては、これまでにAIが各所で普及し、需要予測などが一般的に行われるようになってきている。MLBの現場においても、監督やコーチなどのマネジメント層によるAIの活用が、今後さらに進んでゆくことは想像に難くない。
日本のプロ野球の未来は?
一方、日本のプロ野球はどうであろうか。日本のプロ野球ではMLBのチャレンジ制度に倣った「リクエスト」が導入されるなど、MLBを後追いする形でルールやシステムのアップデートが行われている。日本のプロ野球ではMLBを後追いする「伝統」が続いており、今後も「ピッチクロック」や「ピッチコム」などが導入される可能性がある。そして、来年2026年から始まるMLBのABSチャレンジングシステムも、将来日本のプロ野球に導入されることになる可能性が高い。
*ピッチクロック(Pitch clock)は、ピッチャーの投球間隔に時間制限を設けるルール。塁にランナーがいない場合は15秒以内、ランナーがいる場合は20秒以内に投球動作に入らなければならない。MLBでは2023年シーズンから導入されている。
*ピッチコム(Pitchcom)は、ピッチャーとキャッチャーのサイン伝達に使われる通信機器。リストバンド型で、球種やコースなどの情報を音声などでやり取りする。MLBでは2022年のシーズンから使われている。
では、日本のプロ野球でもMLBで普及が始まったAIによるゲームシミュレーションシステムが使われる日は来るのであろうか。筆者の予想は、「ある程度時間はかかるかもしれないが、確実に導入される」だ。企業の実務現場にAIを導入することについては、日本では時間がかかるケースが少なくない。特にプロ野球チームという「歴史と伝統を守る職人の集団」においては、現場生え抜きのベテランや幹部などの「カン」や「経験」に依存する部分が少なくない。それゆえ、AIという「革新性が高そうな、見たことがないモノ」が浸透するには相応の時間がかかる。
しかし、それでもAIが本格的に活躍を始めるティッピングポイントが必ずやって来る。過去のニューテクノロジーと同様、それをいち早く導入し、他者に先んじた者が有利になるのはプロ野球も例外ではないからだ。基本的にニューテクノロジーが大好きな日本人は、プロ野球チーム運営の現場であろうが、間違いなくAIを取り入れることになるはずだ。
参考文献
https://www.mlb.com/press-release/press-release-51-million-average-viewers-watched-world-series-game-seven-in-u-s-canada-and-japan-combined
https://www.mlb.com/news/abs-challenge-system-mlb-2026
https://www.chriswest.tech/projects/ai_and_the_future_of_baseball
前田 健二
経営コンサルタント・ライター
事業再生・アメリカ市場進出のコンサルティングを提供する一方、経済・ビジネス関連のライターとして活動している。特にアメリカのビジネス事情に詳しい。
