CULTURE
ドーナツ経済から考えるグローバルサウス支援の意義
目次
日本政府が気候変動に関する開発途上国への大規模な支援を決定したというニュースが、頻繁に報じられている。例えば、ドバイで2023年11〜12月に開幕されたCOP28で日本政府は、気候変動の「損失と被害」を救済するための基金に1千万ドル(約15億円)を拠出することを表明した(※1)。
一方で、「日本も大変な状況なのに」「国内には厳しく、海外には優しい」など、南半球に位置する新興国・途上国グループ「グローバルサウス」への支援に対してため息も聞こえてくる。
経済的成長とともに、世界で存在感を増し続けるグローバルサウスに対して、なぜ今支援が必要なのか。今回はグローバルサウスの筆頭であるインドネシアを訪れて感じたことを出発点に、国際的な支援が以前ご紹介したドーナツ経済の枠組みでどのような意義を持つかを考えていこう。
成長と環境保護の調和が鍵を握るバリの未来
2024年3月、友人に会うためインドネシア・バリを訪れた。
バリ島は世界的な観光地として知られ、2023年の観光客は約527万人に上る(※2)。2023年のGDP(国内総生産)は世界16位で成長率は8.8%と、日本の1.3%と比べればその勢いを見てとれるだろう(※3)。
バリでは、私たちと変わらない暮らしが急速に整備されつつある。スマートフォンさえあれば、アプリ一つでバイクやタクシーを呼ぶことができる。道路はコンクリートで舗装され、建設があちこちで進行しており、近代化の真っ只中にあることを身をもって感じた。
一方で、水質汚濁を始めとする環境問題や公害被害などは深刻だ。地元政府が観光開発に対して厳しい基準を設けるだけでなく、環境保護団体やNGOなどによる活動も盛んに行われているが、成長と環境保護の両立は容易ではない。
GDPでの成長という呪縛を追い続けることで、繁栄から遠ざかってしまわないか。さらに、私たちと同じ失敗を彼らも辿ってしまうのではないかという危機感が頭をよぎった。
地球温暖化の影響を最も受けるのは誰か
資本主義経済に代わる、新しい経済理論として注目を集める「ドーナツ経済(Doughnut Economics)」。イギリスの経済学者ケイト・ワラースが提唱する新しい経済の理論で、国の豊かさを図る指標を従来のGDPではなく、経済活動と健康・食料・教育などといった社会的な基盤とのバランスを重視するべきとする。
ドーナツ経済では、「地球の資源の範囲内ですべての人のニーズを満たす」ことを目指す(※4)。21世紀に必要なのは、成長ではなく、人々や災害や異常気象に脅かされず、豊かな土壌で暮らしを育むことであるとする。
成長至上主義によって、私たちの暮らしはどんどん豊かになった。しかし、気候変動や資源枯渇のリスク、食料不足など、さまざまな弊害にも直面している。
イギリスの保険ブローカーサービス会社Aon plcによると、2023年の大規模自然災害による経済損失は3,800億米ドル(約57兆827億円)に達したという(※5)。世界気象機関(WMO)は年次報告書「State of the Global Climate 2023」(※6)で、2023年の世界の平均地表温度は、産業革命前の基準線を1.45℃超え、過去最も暖かい年だったと発表した。過去10年間を見ても、記録的な暖かさが続いている。
地球温暖化が進むにつれて、世界各地で人々の暮らしへのハザードが高まることは、IPCCの記事で紹介した通り。その影響を最も受けやすいとされるのがグローバルサウスだ。
存在感を高めるグローバルサウスの定義
環境問題や国際政治の分野で語られる「グローバルサウス」。一体どの国や地域のことを指すのだろうか。
グローバルサウスという言葉は、アメリカの作家であるカール・オグレズビーが1969年に初めて使ったとされる。その後1980年に発表された、世界の貧困を研究した「ブラント報告書」により、世界に広がった。元西ドイツ首相ヴィリー・ブラントが率いる国際委員会では、北半球に集中していた一人当たり名目GDPが高い国々を「北」と、それより貧しい国々を「南」に区別した。
現在の定義は非常に曖昧で、さらに地理的な関連はないため混乱が生じやすい。冷戦時の「第三世界」を意味する時もあれば、経済面で飛躍的に成長している国々を指す場合もあり、文脈によって含まれる国や地域が異なる。
ただし、これまでよく使われてきた「発展途上国」をイメージすればおおむね合っているだろう。途上国や新興国など130以上の国と地域が参加する国連のG77では、自らをグローバルサウスとすることもある(※7)。
一部の国において成長が著しいことは言うまでもなく、インドやインドネシア、トルコ、南アフリカなど、グローバルノースを凌ぐほど世界での存在感を高めている。
不公平感と繁栄の狭間で揺れるグローバルサウス
20世紀後半の温暖化は、人間活動が主因であると結論づけられた今、一因であるグローバルノースに課される責任は大きい。
2024年の世界気象の日(3月23日)に合わせ、国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、開発途上国は気候危機に最も寄与していない存在とした上で、「先進国は、開発途上国の気候行動に向けた資金拠出を実行しなければなりません」と、強い言葉で協力を求めた(※8)。
グローバルサウスにあるのは、圧倒的な不平等感だ。二酸化炭素の排出が厳しく制限されるなかで、自国の成長も実現しなくてはいけない。地球温暖化抑止に舵を切るか、それとも国の成長か──。
ただそうは言っても、気候変動は紛れもなく現在進行形で起きている。特にグローバルサウスの人々はハザードと隣り合わせの生活を強いられており、取り組まないわけにはいかないというジレンマがあるはずだ。
グローバルノースの使命は「気候正義」の実現
気候変動は地球上のあらゆる地域、国、コミュニティを脅かしている。グローバルノースによる支援の背景にはさまざまな政治的思惑もあることは言うまでもないが、これらの支援は世界の持続可能な発展を後押しするために欠かせない。
気候変動によって、さまざまな災害が発生するリスクが迫っている中、命の危機に直面している人を無視して、議論に何年もの年月をかける悠長な時間は残されていない。
ただし、グローバルサウスが指す対象が曖昧である以上、丁寧な対応も必要だ。金銭的な支援をして終わりではなく、それぞれの国で成長のフェーズが大きく異なることを理解し国ごとのニーズに合わせなければ、支援の本質を見失いかねない。
国際社会でグローバルサウスの存在感が高まる今、彼らを共に世界を作るパートナーとして協力を仰ぐという姿勢も求められる。北側の価値観を押し付けるのではなく、対話を重ねながら、彼らの経済的な発展と社会基盤の向上を促進することが重要だ。
成長だけを追う時代から、地球環境との調和を考えなければいけない時が来ている。グローバルノースに課されているのは、持続可能な未来への道筋を明確にすること、つまりClimate Justice (気候正義)の実現でもあるといえるのではないだろうか。
参考文献
※1 損失と損害(ロス&ダメージ)に対応するための新たな資金措置(基金を含む)の運用化に関する決定の採択について|外務省
https://www.mofa.go.jp/mofaj/ic/ch/pagew_000001_00015.html
※2 Bali’s Tourism Statistics: Insights from January 2024|Bali Management Villas:https://balimanagement.villas/blogs/bali-tourism-statistic/
※3 GDP, current prices|国際通貨基金(IMF)https://www.imf.org/external/datamapper/NGDPD@WEO/OEMDC/ADVEC/WEOWORLD/RUS
※4 Doughnut|Kate Raworth:https://www.kateraworth.com/doughnut/
※5 10億米ドルを超える災害の件数が、2023年に過去最高を記録|AON
https://www.aon.com/japan/news/aon_news_20240205
※6 State of the Global Climate 2023|世界気象機関(WMO)
https://wmo.int/publication-series/state-of-global-climate-2023
※7 Guterres urges G77 and China to drive momentum for global governance reform|国連(UN)
https://news.un.org/en/story/2024/01/1145737
※8 世界気象の日(3月23日)に寄せるアントニオ・グテーレス国連事務総長メッセージ|国連広報センター(UNIC)
https://www.unic.or.jp/news_press/messages_speeches/sg/49879/
Ayaka Toba
編集者・ライター
新聞記者、雑誌編集者を経て、フリーの編集者・ライターとして活動。北欧の持続可能性を学ぶため、デンマークのフォルケホイスコーレに留学し、タイでPermaculture Design Certificateを取得。サステナブルな生き方や気候変動に関するトピックスに強い関心がある。